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19 コンソメって……つまり何?


「料理ですか?」

「うん。しちゃダメかな?」


ある日の昼下がり、部屋の掃除をしてくれているオリビアに声を掛けて聞いてみた。

思いつきみたいな感じで言っているけれど、実は結構悩んだ末に勇気を出している。すると、オリビアは少し困ったような表情になってしまう。


「申し訳ございません。味付けやメニューにご不満があるようでしたら、料理長に伝えさせて頂きます」


私が料理をしたいと言い出したのは、食事が不味いせいとでも思ったのかオリビアは申し訳なさそうに頭を下げる。


「ええっ、違うわオリビア、食事に問題があるわけじゃなくてその……ヴェール様に、手作りの料理を食べさせてあげたいなって、思っただけなんだけど……」


刺繍はダメ、乗馬もダンスも下手っぴで貴族令嬢らしいことが何一つ出来ないけれど、料理なら少しは覚えがある。

前の世界では一人暮らしでたまに自炊していたし、そんなに不味いものではなかったはず。こちらの世界に来てからはまだ一度も包丁を握ってはないけれど、確実に乗馬よりは自信がある。


「……最近のヴェール様は少し元気がないみたいだから、何かして差し上げたくて」

「そうですね……旦那様のご様子は私も少々気になっております……分かりました。今から一緒に料理長の元へ行きましょう」


善は急げですとオリビアに急かされて、掃除もそこそこ、飲んでいたお茶にも殆ど手を付けていないまま調理室へ連れて行かれた。

城内を案内された時に顔を出したきりの場所だったけれど、近付くにつれて廊下にまで美味しそうな匂いが立ち込めて幸せな気分になる。それにお腹も空く。

私が料理なんてしたところで、意味なんてないかもしれない。プロが作った料理に叶うはずがない。

それでもヴェール様のために何かして差し上げたくて、少し焦っているのだ。


「料理長のダンです」


私の前に現れそう名乗った男性料理長は、縦も横も結構あって一度見たら忘れられない体型をしているので覚えていた。

結婚式を挙げた時に使用人も全員参列してくれていたし、パーティにはダンや他の調理師たちが作ってくれた豪勢な料理が振舞われていたので、忘れるわけがない。

その恰幅の良さから、味見といいながら結構食べてしまうタイプの人なんだろうなと思っていたことを思い出した。


「奥様が旦那様のために手料理を振舞われたいとのことなので、調理場の一部を使わせて頂けますか」


一応聞く体にはなっているけれど、そこに否定は許さないという口調でオリビアが聞く。流石メイド長、強い。


「勿論大歓迎です。料理には腕も必要ですが、大事なのは愛情ですから」


ニカッと笑うダンは、どうぞと大きな体を斜めにして調理場に入れるようにしてくれる。


「ちょっと待ってダン。奥様には料理の腕が無いと?」

「い、いいえ、決してそういうつもりで言った訳では……」


オリビアがこれほど言葉を強める姿を見るのは初めてで、あっけに取られてしまう。

この二人、というかオリビアが一方的にダンのことが嫌いなのかな……?

それとも私を守ろうとしてくれているのか、ちょっとまだよくわからないけれど、とても仲が良いようには見えなかった。


「ええと、奥様はお料理の経験は」


ダンが狼狽えながら私の方に話を振る。オリビアの勢いに委縮して、完全に狼狽えているみたい。オリビアが構えるくらいだから威圧的な料理長なのかと思ったけれど、どうやら見当違いみたい。

というか、公爵夫人に対して威圧的な態度を取ったり意地悪する使用人なんて、普通に考えていないよね?


「簡単なものしか作れませんが、少しは」


プロの前で虚勢を張っても仕方がない。どうせ作るものも見られてしまうのだし、嘘をついて恥をかくくらいなら低く見積もった方がいい。

ダンはにこやかに頷くと、調理場の端の一角を案内してくれた。


「こちらの調理場をご自由にお使いください。材料も何を使って頂いても構いません。分からないことがあれば聞いてくださいね」

「ありがとうございます」

「リアナ様、私はいた方がいいですか? それともお一人で作られますか?」


オリビアに首を傾げて聞かれ、私も首を傾げる。確かに、手伝ってくれる人がいたら心強いし作業も早く終わるかもしれない。

だけど、そうしてもらおうなんて微塵も考えていなかったので、想定外の質問に少し迷った。


「大丈夫、一人でやってみるわ、オリビアは自分の仕事に戻ってもらって大丈夫よ」

「かしこまりました」


髪を紐で纏め、腕を捲りながら調理場にある材料を眺める。

前の世界とはちょっとずつ見た目が違うけど、この野菜たちやお肉を見るとカレーが恋しくなるなあ。スパイスから作れるようになっていればよかったけど、生憎ルーを溶かす以外の方法を知らない。

もう二度と食べられないのかと思うと寂しいけれど、『オリヴィエと魔法の冒険譚』の本の中に突然カレーが出てきたら、世界観が崩壊したと読者が怒ってしまうに違いない。


「ようし……決めた」


どこの世界でも通用するのはポトフ! 簡単だし野菜が沢山取れて健康的だし、お肉が入っている分野菜スープより美味しいもんね。

ニンジン、じゃがいも、キャベツっぽいもの。それに玉ねぎや大根を入れたかったけれど見当たらなかったので、代わりにカブみたいなものを適当に切る。

前に食事にソーセージが出たことがあったので、聞くと持ってきてもらえた。嬉しい。お金持ちの家の料理って材料何でもあって楽しいな。

硬いものから炒めて、火が通ったら鍋に移して水とキャベツとソーセージを入れて煮る。このタイミングでコンソメを入れて……は……?


コンソメ!?!?


えっ? コンソメ、ない……いつもコンソメの粉を入れて……待って落ち着いて、原材料を考えましょう。

そもそもコンソメって何……!? 調べられない……コンソメスープ……って何スープ? 何が入っているの? コーンとソメ? 何よそれ。ああどうしよう……!


「奥様、何かお探しですか?」


何かヒントがないかとあちこち歩き回って棚にある調味料を見ていたら、ダンが声を掛けてくれた。大分不審だったみたい。


「あー、ええと、スープの味付けに何を使っていたか全然思い出せなくて……」


これはもう素直にプロの知識を借りるしかない。ああしがない一人暮らしの自炊は素晴らしい調味料が支えていてくれて、私は元が何だったのかなんて考えたこともありませんでした。反省。


「鍋の中を見てもいいですか」


頷いて、野菜たちを煮込んでいる鍋を見せる。ダンがスープを少し掬って飲むので、私も同じようにしてみる。野菜の味が染みて無味とまではいかないけれど、美味しくはない。


「奥様がどのような味付けをご希望かは分かりませんが、ハーブを入れたり時間があれば鳥の骨なんかを入れて煮込んでもいいと思いますよ。どうですか?」

「あっ、鳥の骨……!」


ラーメン屋さんや中華屋さんのテレビ放送で見たことがある。鶏ガラスープってそういうことだったんだ。すごい、今点と点が繋がった。


「骨だけは無いけど、骨のついた鶏の肉ならありますよ」


そう言って、クリスマスに見るようなまるっとした鶏肉を出された時は、ちょっと、かなり動揺した。思わず両手で命を失った鳥さんに手を合わせる。

ヴェール様。私は別に料理も得意ではありませんでした。




「このスープをリアナが作ってくれたのですか?」

「はい」

「嬉しいです、早速いただきますね」


どうにか完成させたポトフは、夕食時に他の料理と一緒にテーブルに並んだ。

一応完成した時に味見をしたので不味くはない。だけど特別に美味しい自信もない。とても家庭的で普通の味だと思う。

ヴェール様がどんな反応をするか緊張して直視できず、でも見逃したくなくてちらちらと視線を向けてしまう。


「おいしい。おいしいですリアナ。すごく優しくて、ちゃんと野菜も味が染みてやわらかくておいしいです」


ふわりと笑ったヴェール様に何度も美味しいと言ってもらえて、思わず頬が緩む。お世辞でも嬉しい。


「本当ですか」

「嘘なんて言いませんよ。リアナも食べましょう」


笑顔で促されて、私も一口二口と食べてみる。味はさっきと変わらない。私の知っている前の世界のポトフではない。だけど、ヴェール様に褒めてもらえただけで、さっきよりも美味しく感じられる。

鶏肉にソーセージと、肉の味が多めになってしまったのが油っぽさの敗因だって今なら分かるけれど、ヴェール様はまだ二十歳だし、これくらいなら許されるのかもしれない。


「ヴェール様が美味しくなる魔法をかけて下さったので、さっきより美味しくなってきました」

「最初から美味しいんですよ。自信を持ってください」


ヴェール様の優しい笑顔が眩しくて、嬉しくて恥ずかしくて、きっと私の顔は真っ赤になっている。何を言ってもヴェール様の方が上手だ。ちっとも敵わない。


「奥様は、旦那様に料理を召し上がって頂きたいと、午後の間ずっと調理室で奮闘なさっていたんですよ」


ああ料理長、そういう余計な苦労話はしなくていいのに。


「そうなんですか?」

「……最近、ヴェール様が少し元気が無いように見えたので、何か励ますことは出来ないかなと思って……烏滸がましいですね」


食べ物の美味しい国に生きていたからといって、知識も経験も薄っぺらいのにどうしていいものが作れると思ったのかしら。いいえ、前の世界の材料がそのままあれば、確かにまあまあ美味しい料理は作れる自信がある。でも、化学調味料もレシピもない世界では無力に等しい。もっとちゃんと自炊して丁寧な暮らしをしていればよかった。今更何を悔やんでも仕方がないのだけど。


「リアナ、食事の最中に行儀が悪くてすみませんが、抱きしめてもいいですか」

「えっ? え、ええ……あ、は、はい」


ヴェール様が立ち上がって私の席まで歩いてくるので、私も慌てて立ち上がると、両腕で強く優しく体を抱きしめられた。


「リアナは私には過ぎた女性です。私と共にある運命を恐れず、こうして傍にいてくれるだけで十分過ぎるくらいなのに」

「……ありがとうございます、ヴェール様だって同じです……」


本当は、心の奥底では私の存在を鬱陶しく感じたり、この目を気味が悪いと思っていることを知ってしまったから、いつか捨てられてしまうのではないかと怖くて仕方がない。

嫌われたくない。少しでもいい奥さんでいたい。

帽子を被ることも考えたけれど、余計にヴェール様に気を遣わせてしまうだろうから、もう慣れてもらう他にない。

ヴェール様は私には過ぎた旦那様だ。過酷な運命にありながら、いつでも優しくて気遣い上手で、仕事熱心でかっこよくて、今もこうして抱きしめてくれる素直さがある。

誰だって、自分のことも他人のことも百パーセント好きになることなんて有り得ない。そんなのは当然のことだけど、でも、直接言われるとやっぱり傷付きはする。


少しでもヴェール様に好かれたい。今日のこの料理は、その現われだったのかもしれないって、今ようやく気付いた。


「このところ仕事が思うように進まなくて、少し余裕を失くしていたかもしれません」

「はい……」

「だけど、リアナのお陰で今はやる気に満ち溢れて来ました。ありがとうございます」

「……はい……!」


ヴェール様に頬を寄せられたあと、軽く唇を重ね合った。少し塩気のある味がした。

抱擁が解かれた時には、お互い少し照れて顔がにやけてしまっていたけれど、頬を赤く染めるヴェール様は最高にかわいいのでよし。


「折角のスープが冷めてしまっては勿体ないので、食事に戻りましょう」

「ふふっ、あったかいうちにどうぞ」


再び食事を再開するとヴェール様はポトフを口に運ぶごとに美味しいと繰り返して、他の料理には手を出さずにおかわりまで要求した。


「パンを浸して食べても美味しいんですよ」

「なるほど、リアナは天才ですね」


二杯目が目の前に置かれると、私が教えたとおりの食べ方をする。なんだか嬉しくていつまででも見続けてしまう。


「リアナがこんなに料理上手とは知りませんでした」


全く褒め上手なんだから。


「また、今度は別なものを作りますね」


そして私は乗せられ上手。


「楽しみにしています」


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