癒やしのモノ~ライル視点~
今夜もセシリアの部屋に机を持ち込んで書類仕事。少し横をむいて視線をさげれば、白銀の髪で顔を隠したままスヤスヤと眠るセシリア。
そんな光景を椅子に座って眺めているオレに、アッザがハーブティーを淹れたカップを差し出す。
「昼間のダンスの練習で、セシリア様が体の維持に必要な魔力は吸収されておりますから、わざわざ、ここで仕事をされなくてもよろしいかと」
「うるさい。習慣だ、習慣」
「さようですか」
投げやりに言ったオレに対してアッザがニヤリと口角をあげた。その表情にカチンとくる。
「なにか言いたいことがあるのか?」
「式を挙げる前に手は出されないように」
予想外の内容に気が削がれたオレは鼻で笑った。
「ハッ。子の作り方も知らないガキに興味はない」
「興味はないのに、お相手はされるのですね」
「ダンスは必要だからだ」
「……お言葉ですが、ライル様は舞踏会の話を断られると思っておりました」
痛い点を突かれ、オレは黙ってカップに口をつけた。まさか、人族の国に行って黒髪の少女を探したいから、などと言えない。
無言のオレにアッザが話を続ける。
「セシリア様が、ライル様がお慕いされている方を探しだす、と意気込んでおられ対応に苦慮しておりまして。ダンスの練習に意識が向けられたので、助かりました」
「ブハァ!」
オレが紅茶を吹き出すと同時に、アッザが机の上にあった書類を一瞬で抱えて避難させた。
「な、なな、な、なんで、あいつがそのことを知っている!?」
書類を抱えたまま、アッザが平然と布で机を拭く。
「セシリア様が手作りクッキーをライル様のお部屋に持って行かれた時に話し声が聞こえまして。その後、ラナ様からヒントとして、お慕いしている相手は黒髪という情報までいただきました」
「あいつ、余計なことを……」
唸るオレにアッザの冷えた声が刺さった。
「で、本当にお慕いされているお方がおられるのですか?」
「……おまえには関係ないだろ」
「いえ、関係あります。私はセシリア様のお世話係。つまり私の主はセシリア様です。そのセシリア様が、ライル様がお慕いされている方と結ばれることを望んでおります」
予想外の言葉に自分の耳を疑ったオレは思わず聞き返していた。
「は? なぜだ? あいつはオレの嫁になる気がないのか?」
「いいえ。セシリア様は自分はお飾りの妻として表に立ち、裏ではライル様がお慕いされている方と結ばれて幸せになることを願っております」
「なんだ、それは。なぜ、そこまでオレのことを……」
「今の生活はライル様のおかげなので、少しでもご恩を返したいそうです」
その内容にオレは頭を抱えた。まさか、そういう考えだったとは。
「人族の国にいた頃よりはマシな生活だろうが、その生活が間違っていたんだ。皇族なら……いや、平民でももっとマシな生活をしていただろう」
「どうであろうと、セシリア様にとってライル様は救い主なのです。自分は今とても幸せなので、ライル様にも幸せになっていただきたい。それがセシリア様の思いです」
「はぁ……お人好しにもほどがあるだろ」
「お人好しというより純粋なのです。それは愚直と言われる獣人よりも、ずっと」
「厄介なヤツが嫁に来たな」
横目でベッドを見れば、軽く寝返りをうち、白銀の髪から小さな顔が覗く。
太陽を知らなかった真っ白な肌は少し色が付き、骨と皮だった体は少しだけ丸みを帯びて。でも、まだまだ健康には遠い。魔力がなければ維持できないほど体は弱ったまま。
静かに見つめるオレの前にアッザが書類を置く。
「ですので、お慕いされている方を教えていただけませんでしょうか?」
「なっ、なんで、おまえに教えないといけないんだ!?」
「ですから、先ほども説明いたしましたでしょう? セシリア様がライル様がお慕いしている方を探していると。最初の頃はそこら辺の使用人に直接『ライル様がお慕いされている方をご存知でしょうか?』と聞いて回ろうとしておりまして。かなり本気で止めさせていただきました」
オレはその光景を想像して絶句した。
セシリアなら、あの無垢な笑顔のまま見かける使用人全員に聞いて回るだろう。そうなれば、オレは城中の使用人から……
頭が痛くなったオレは額を押さえながら言った。
「それに関しては、よく止めた」
「はい。で、これ以上ヘタに動かれるよりは、ちゃんと情報をお渡ししておいたほうがよろしいかと」
「そうは言っても、オレが知っているのは人族というだけで、今はどこにいるのか、なにをしているのかも知らな……」
ついこぼしてしまった情報にオレは慌てて顔をあげた。
アッザが満面の笑みで頷く。
「黒髪の人族の少女ですね。それだけでも十分です。これでセシリア様は城内での探索を止めるでしょう」
「いや、待て! あいつには黙っ……」
「お飾りの妻で、必要以上に関わらないんですよね?」
アッザが笑顔とともに圧力を押しつける。その迫力に圧されていると、アッザがオレに念押しをした。
「関わらないのですから、セシリア様がなにを知ろうと、どう行動しようと関係ありませんよね?」
「いや、だから、それは……」
「はい、この話は以上です。失礼いたします」
一方的に話を切ったアッザが部屋から出て行く。オレは頭を抱えてため息を吐いた。
「たしかに、こいつが何を知ろうが、どうしようがオレには関係ないのにな」
(なのに、なぜか気になる。あの黒髪の少女と同じ人族だからか?)
愚かな考えを振り払うようにオレは首を振った。
「バカバカしい。他人だ、他人。種族が同じだけの別人だ」
仕事を片付けるため、机に積まれた書類と向きあう。
「……っく」
そこに響く呻き声。
少し視線を動かせば、セシリアが眉をひそめて枕に顔を埋めている。何かを我慢しているような、こらえているような……
オレはため息を吐くと、尻尾を動かした。白銀の髪と枕の間に見える頬をそっと撫でる。
「……っふぁ」
これだけで苦しそうな顔は消える。もう少し大きく撫でれば、顔を動かし、嬉しそうに口角を緩めた。
「まったく。安いヤツだ」
机に肘をつき、頬杖をつく。
オレはセシリアの寝顔を眺めながら、しばらく尻尾で相手をしてやった。




