それは、楽しいダンスでした
両手で顔を隠しても感じる視線。ますます恥ずかしくなった私は顔を隠したまま首を横にふった。
「だ、だって、まだ式もあげておりませんのに、そんなに体を近づけるなんて……それで、もし子ができましたら……お飾りの嫁である私は、どうすれば……」
「セシリア様」
アッザが優しく私の肩に手を添える。
「大丈夫です。セシリア様はまだ結婚式をあげておりません。未婚の男女が近づいても子はできません」
諭すように説明してくれたアッザにラナ様が飛びついた。そのままアッザの首を腕で絞めて私と距離を取る。
「お飾りって、どういうこと!? それに……」
「ラ、ラナ様! 説明いたしますので!」
アッザが苦しそうにラナ様の手を叩いた。
「あら、つい勢いで。ごめんなさい」
ラナ様が謝りながら腕を緩める。
解放されたアッザはラナ様の丸い耳に口を近づけて囁いた。しかも二人ともチラチラと私を見ながら。でも、小声すぎて会話の内容までは聞き取れない。
(もしかして、また世間知らずなことを口にしてしまったのでしょうか……)
思わずネックレスにしているブローチを服の上から握りしめる。すると、話が終わったのか二人がそろって体を私にむけた。
「あ……あの、私の認識が間違っておりましたのでしょうか?」
私の問いにラナ様がどこか引きつった笑顔で答える。
「えっと……その、アッザが言った通り、結婚していない男女が近づいても子はできないから、しっかり練習してちょうだい」
そこにライル様が吠えた。
「てめぇら! いい加減なことを言って……ガハッ!」
ラナ様がライル様の腹部に右手で作った握りこぶしを沈める。
「あんたは後でお説教よ」
ラナ様が右手を引くと、ライル様がお腹を押さえてゆっくりと地面に倒れた。フンッと鼻をならしたラナ様がライル様を見下ろしたまま言葉を投げる。
「それと、ダンスがうまく踊れないなら人族の国には私が代行として行くから。あんたは城で留守番よ」
ペタリと倒れていたライル様の耳がピンッと立つ。そのままガバリと立ち上がった。
「……練習してやる」
「え?」
あれだけゴネていたのに?
戸惑う私にライル様の顔が不機嫌になる。
「オレが相手では不服か?」
「い、いえ!」
「ほら」
堂々とした立ち姿勢で私に手を差し出すライル様。その姿に普段の怠そうな気配はない。立っているだけで、すべてを威圧し従えるような王者の風格。
そこに乾いた風が砂漠の砂を巻き上げた。
風に遊ばれる焦げ茶色の髪。青々と茂る葉のような濃緑の瞳。まっすぐな鼻筋に薄い唇と整った顔立ち。しっかりと筋肉がつきながらも、しなやかな体。そして、太陽を浴びた褐色の肌。
この乾いた地を治めるに相応しい貫禄と風貌。
「おい」
「し、失礼いたしました」
見惚れていた私は慌てて視線を落とした。
目の前に伸びた大きな手に私の白い手をのせる。そこで、ライル様の反対の手が私の腰に触れ、そのまま引き寄せられた。
「きゃっ!」
勢いあまった私はライル様の胸に飛び込んだ。広い胸に柔らかな感触。包み込むように抱きとめられる。
「も、申し訳ございません!」
慌てて顔をあげると、ライル様もこちらを見ていて。視線が絡みあい……ライル様が慌てて顔をそらした。太陽の光の加減のせいか、頬が少し赤いような?
「ほら、さっさと練習するぞ」
「は、はい」
私は急いで左手をライル様の肩に手をのせた。けど、背が! 背が高すぎて! まるで棚の高い位置にある書物を取ろうとしているような体勢に!
「はぁ……それなら、その手はこっちだ」
見かねたライル様が私の左手を腰に誘導する。この位置なら問題ないけど、しっかりとした筋肉が! 私の柔らかい腰との差が!
(しっかり運動して、私もこれぐらいの筋肉をつけるようにしませんと!)
私は決意しながら礼を言った。
「あの、ありがとうございます」
「……気にするな」
こちらを見ないライル様。でも耳はピクピクとこちらを気にしている。尻尾も心なしかいつもより忙しなく動いているような。
アッザが私たちに声をかける。
「では、始めますよ。一、二、三、ハイッ!」
手拍子に合わせてリズムをとりながら踊る……が。
「ひゃっ!」
私は思わず口から小さな悲鳴が出た。
ライル様の動きが大きくて、ついていくのも難しい。むしろ、振り回されているような? ステップを踏む度に体がふわりと浮かび、着地する。
けど、それにもすぐに慣れて。まるで、自分が飛んでいるような、初めての感覚。とても面白い。
全身を動かして踊りを楽しんでいると、ラナ様が見かねたように叫んだ。
「ライル! セシリアちゃんを見なさい! 体が浮いているわ!」
私は完全に地面から足が離れていた。そのことに気がついたライル様が私に視線を落とす。
「……まさか、本当に浮いていたのか。軽すぎるだろ」
「も、申し訳ございません。これでも、体重は増えたのですが……」
いたたまれなくなった私はつい視線を下げてしまった。たしかにライル様の逞しい体や、ラナ様の豊満な体に比べたら、貧相な枯れ木のような自分の体。
「いや、責めているわけではなく……とにかく、もっと食って運動しろ。それでいい」
「はい……」
「セシリアちゃんは、それでいいのよ。それより、問題はライルよ! ちゃんとセシリアちゃんを見ながら踊りなさい! 相手の動きに合わせてリードするのは、基本中の基本よ!」
ライル様を怒っていたラナ様が私の前まで来て、視線を合わせるために膝を屈めた。
「セシリアちゃん、ごめんなさいね。怖かったでしょ?」
「いえ、まったく怖くありませんでした。ふわふわっと雲の上を飛んでいるようで、自分がとても身軽になったみたいでした。ダンスって、こんなに楽しいものなのですね」
その場にいた全員の目が丸くなる。
「あの、私、変なことを言いましたでしょうか?」
呆気にとられた空気が流れる中、ラナ様が軽く咳払いをした。
「とにかく! ライルはセシリアちゃんの優しさに感謝してむせび泣くこと! さ、練習の続きをするわよ」
「待て! なんで、オレがむせび泣かないといけないんだ!?」
ライル様の言葉にラナ様が心の底から呆れたような顔になる。
「はぁ!? あんた、セシリアちゃんの心遣いが分からないの!? どこまで鈍感なの!?」
「あれは心遣いとかじゃなく、本心だろ!」
「なら、なおのことむせび泣きなさい!」
「だから、なんで泣かないといけないんだよ!?」
こうして練習のためダンスを一曲踊ってはライル様とラナ様が喧嘩する、という展開になり、本日の練習はあまり進みませんでした。
――――――――その夜、セシリアの部屋ではライルが。




