それは、ダンスの練習でした
突然叫んだアッザが私の両肩を掴んだ。そのまま、なにかを堪えるように俯き、大きく息を吐く。
そして、再び顔をあげた。
「使用人には言わないように、と申しましたよね?」
「バクルは料理長で使用人ではないですよね?」
首をかしげた私を血走ったアッザの目が見つめる。
「料理長、とは役職の名前で、使用人の一人です。もう、城で働いている者には言わないでください」
「は、はい。わかりました。気をつけます。申し訳ございませんでした」
「ほかに、このことを話した者は?」
「いません」
よかった、と呟きながらアッザが私の肩から手を離す。そして、切り替えるようにパンパンと両手を叩いた。
「では、ダンスの練習をしましょう。ダンスはされたことがありますか?」
「母から基礎は習いました。あと、神殿でダンスのことが書かれた書物も読みました。ですが、実際に踊ったことは、ほとんどありません……」
「では、試しに基礎を踊ってみましょう。私が男性パートを踊りますので、セシリア様は女性パートを踊ってください」
「はい」
立ち上がった私はアッザと向き合った。
アッザは私より頭一つ分、背が高いぐらい。そこから、アッザの肩と手に私の手を添える。
「基本の姿勢は大丈夫ですね。では、始めますよ」
アッザが一、二、三、とリズムを口ずさむ。それに合わせて足を動かした。時々、足がもつれそうになるけど、アッザに助けられながら持ち直す。
「セシリア様、なかなか良いですよ。これなら、もう少し練習をすれば人前でも……」
「待ちなさい! ライル!」
突然の大声に私とアッザが足を止める。そのまま二人で声がした方を見上げると大きな塊が降ってきた。それは、焦げ茶色の髪を振り乱した……ライル様!?
「アッザ! 捕まえなさい!」
ラナ様の命令にアッザが素早く反応する。
「失礼」
私に声だけを残してアッザが消えた。
「チッ」
舌打ちをしたライル様が走り出したけれど、それより早くアッザが進路を塞ぐ。
「お待ちください」
「……退かなければ、力づくで通るぞ」
「私の足に勝てるとお思いで?」
ライル様とアッザの間に乾いた風が抜ける。二人とも耳をピンと立て、緊迫した空気。じりじりと足の裏で地面を撫でながら距離をはかる。
そこに声とともに脚線美が飛んできた。
「ライル! 諦めなさい!」
「グェ!」
アッザに集中していたライル様の横腹にラナ様の足がめり込む。スカートをなびかせたラナ様がライル様を踏み倒した。
「しっかり練習しなさい! 獣人の代表として無様なダンスは許されないわよ!」
「うっせぇ! それなら、踊らなければいいだろ!」
「舞踏会に招待されて踊らないなんて恥よ、恥! あんたはともかく、セシリアちゃんに恥をかかせるのは許さないから!」
「さっきと言ってることが変わってるじゃねぇか! 獣人の代表はどこいった!?」
「セシリアちゃんが第一よ!」
「てめぇ!」
ぎゃんぎゃんと言い争う二人。しかもラナ様はライル様の背中を踏みつけたまま。
見かねた私は思わず口を挟んだ。
「あ、あの、ラナ様。それではライル様が苦しいのではありませんか?」
「まぁ、セシリアちゃんは優しいのね」
うっとりと私を見つめながらもラナ様の足はまったく動かない。その下では全力で這い出そうとしているライル様。
そこでラナ様が思いついたように両手を叩いた。
「そうだ! セシリアちゃん、ライルのダンスの練習相手をしてくれない?」
「えっ!? ですが、私もダンスは不得手で……アッザに教えていただいている最中でして、ライル様の練習相手には相応しくないかと」
「それなら、なおさら丁度いいわ。二人で練習すれば良いのよ」
「えぇっ!?」「はぁ!?」
私とライル様の声が重なる。
「なに? 文句あるの?」
ラナ様がグリグリと足を動かす。
(あぁ!? それではヒールが、ますますライル様の背中に刺さってしまいます!)
おろおろする私の前でライル様が平然とした顔でラナ様に文句を言う。
「一方的に決めるんじゃねぇ!」
「でも、私と練習を続けるより良いんじゃない?」
ライル様が私を見上げ、そして忌々しそうに舌打ちをして顔をそむけた。ここまでライル様が拒否をするラナ様の練習とは……
まったく想像できないでいると、ライル様が観念したように私に呟いた。
「……チッ。わかった。練習をするから、そんな顔でオレを見るな」
「え? あの、ライル様の心配をしていたのですが、変な顔になっていました?」
近くに鏡がないため表情を確認することができない。
ペタペタと自分の顔に触れていると、ラナ様が笑いながらライル様を踏んでいた足をさげた。
「心配するな、ってこと。素直に言えばいいのに」
ライル様は無言で顔をそらしたまま、返事はない。そんなライル様の態度を気にする様子なく、ラナ様がにっこりと笑って私に確認する。
「じゃあ、そういうことでセシリアちゃんもライルと練習で良いかしら?」
「え、あ、でも……その……」
戸惑う私にアッザが助言する。
「身長差や体格などの違いがございますし、私と練習するよりライル様と練習されたほうがよろしいと思います。舞踏会ではライル様と踊られるのですから」
たしかにアッザとライル様では背の高さも体格もまったく違う。それに、舞踏会で一緒に踊るのはライル様。それなら、初めからライル様と練習をしたほうが効率的。でも……
「あの、練習でもライル様に手をそえて肩に触れます……よね? 体もかなり近づきます、よね?」
「はい。なにか問題がありますか?」
アッザは平然と訊ねてくるけど。私にとっては大問題で。
顔が赤くなるのを感じて、私は両手で顔をおおいながら叫んだ。
「そ、そんなに近づいては子ができてしまいます!」
「「「は?」」」
私以外の全員がポカンとした顔になりました。




