捜査の基本は張り込みから~アッザの嘆き~
ライル様がお慕いしている方がいるというのは、本当に初耳でした。ですが、その後のセシリア様の行動がすべてを覆すほどで。
翌日。
朝の身支度を終わらせたセシリア様は、いつもの庭の木陰ではなく、ライル様の執務室に続く廊下へ。
そのままライル様の執務室に突撃されるのかと思ったら、その手前の角で立ち止まり、左手に紙の束を、右手にペンを取り出した。
「あの……セシリア様? 新しいご予定が入りましたので、お話してもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ライル様と舞踏会に参加していただくため、本日よりダンスの練習をしていただきたいのですが……」
「はい」
返事をしながらも目線はライル様の執務室に固定されたまま、まったく動く様子がないセシリア様。私の言葉も正しく耳に入っているのか怪しい。
「あの……なぜ、そのようなことをされているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ライル様がお慕いされている方を探すために、執務室を見張っております」
「やっぱりぃぃぃ」
私は思わず両手で顔をおおって嘆いた。そんな私にセシリア様が慌てる。
「え? どうされました? 神殿で読んだ書物には捜索の基本は張り込みから、と書いてありましたので、その通りにしたのですが」
「間違ってます」
「えっ!? どこが間違ってますか!? あ、顔を隠す帽子と、携帯食料の豆が入ったパンとミルクがないからですか? ですが、それらは用意できなくて……」
「そうではありません」
噛み合わない会話に私は膝から崩れ落ちた。
「アッザ!? どうしました!?」
セシリア様が私の体を助け起こす。
この城に来られた時より、ずっと良くなった顔色。肉がつき、少し丸みがついた頬。艶があり粉雪のように輝く白銀の髪。その美しさは、どこに出ても問題がない淑女の容姿。
けど、今は置いといて。
「あの、ライル様がお慕いされている方を探すのは、私にお任せくださいませんか?」
「いいえ。これは私がしなければならないことです」
「クッ!」
セシリア様はこういうところが頑固。
そこに微かな足音が私の耳をかすめた。気配は消しているけど、警戒心が強い草食獣である私の耳と鼻は誤魔化せない。
私は素早く立ち上がり頭をさげた。そこでセシリア様の背後から声が。
「セシリアちゃん。朝から、どうしたの? ライルに用事?」
「ひゃっ!」
絵に描いたように驚くセシリア様。そういう仕草もとても可愛らしい。
「あら、驚かせちゃった? ごめんなさい。で、何をしているの?」
ラナ様の質問に私は冷や汗が出た。
まさか昨日の話を盗み聞きした上に、ライル様がお慕いされている方を探しているなんて。
(どうかセシリア様がバカ正直に答えませんように)
そう祈っていると、セシリア様が平然とラナ様に訊ねた。
「ライル様がお慕いされている方を探しているのですが、ご存知ありませんか?」
一気に血の気が引いた私は思わずセシリア様に訴えていた。
「セ、セシリア様! あれほど、他の者には聞かないようにと!」
「たしかに使用人の方には聞かないように、とは言われましたが、ラナ様は使用人ではありませんよね?」
思わぬ返しに私は言葉を失った。
(え? とんちですか? そういう問題ですかぁ!?)
呆然としている私の前でラナ様が楽しそうに笑う。
「セシリアちゃんは頭がいいのね」
「そ、そのようなことは……いつも頭が悪い、世間知らずと言われております」
恥ずかしそうに俯くセシリア様の頭をラナ様が優しく撫でる。その眼差しは愛しむように温かい。
「顔をあげて、セシリアちゃん。知らないことは悪いことじゃないのよ。自分が何を知らないのかを知っていることは、とても大切なの。そして、そこから学ぶことが重要なの。悪いのは、自分はなんでも知っていると学びを止めることよ」
「……そうなの、ですか?」
「えぇ。だから、セシリアちゃんは、これからいろんなことを学んだら良いわ」
「はい!」
元気に返事をしたセシリア様をラナ様が興味深そうに覗く。
「で、話を戻すけど。セシリアちゃんはライルが誰を慕っているのか知りたいの?」
(そちらに話を戻さないでくださいぃぃ)
当然、私の心の叫びなど届かない。セシリア様が意気揚々と頷く。
「はい!」
「どうして?」
セシリア様が理由を説明をすると、ラナ様が微妙な顔になった。
「恩返しのためかぁ。ちょっと予想外だったわ」
(ですよね! 普通はお相手のことが気になったり、嫉妬したりするものですよね!)
私は心の中で盛大に頷いた。でも、セシリア様はマイペースで。
「ご存知ありませんか?」
「うーん。まぁ、知ってるけど……」
「教えてください!」
セシリア様がラナ様に飛びつく。
(これ以上、面倒事になるのは避けていただきたいのですが!)
私の思いも虚しく、ラナ様が涼しげな瞳を細めて妖艶に微笑んだ。
「じゃあ、少しだけ教えてあげる。ライルが出会った時、相手は真っ黒な髪でね」
「黒髪の方ですか! ありがとうございます! まずは、城内の黒髪の方を探しましょう!」
セシリア様がラナ様の言葉の途中で走り出す。私は慌てて追いかけた。
「ちょ、お待ちください! そんなに走ると転けますよ!」
離れていくセシリア様にラナ様がぼそりとこぼす。
「話は最後まで聞いたほうが良いと思うわよ……」
もしや、重要なことを聞きそびれたのでは……という一抹の不安を抱えながら、私はセシリア様を追いかけた。
その日の午後。
セシリア様が庭にある木陰の長椅子に座り、メモとにらめっこをしている。そこには黒髪の使用人の名前。
「……黒髪の方って少ないのですね」
「多くはないですね」
精魂尽き果てた私は、げっそりとしていた。っと、ここで態度に出てはメイド失格。
気を引き締めると、セシリア様が心配そうに私に声をかけた。
「調子が悪いのですか?」
「いえ、肉体的には問題ありません。これは精神的な疲労によるものです」
「精神的?」
「はい。セシリア様が料理番たちの帽子を外させ、庭作業の者たちの帽子も片っ端から……」
思い出した私はつい両手で顔をおおってしまった。
「あのままでは、セシリア様が変になったという噂が流れる恐れがありましたので、目的を言わずにフォローを……」
「それは失礼いたしました! そこまで考えが及ばず……ですが、私が変になったと噂をされるのは別によろしいかと」
私は拳を作って顔をあげた。
「まったくもって良くありません! セシリア様の評価はライル様の評価にも繋がります! ライル様におかしな娘が嫁いだ、と噂をされてもよろしいのですか!?」
「はっ!」
セシリア様がなにかに気づいたように目を丸くする。そして、勢いよく私に頭をさげた。
「申し訳ございません! そこまで考慮しておりませんでした! やはり世間知らずの私では捜索は難しいのですね。最初に言っていただいたように、アッザに任せます」
その一言に安堵した私は、落ち込むセシリア様に微笑んだ。
「ご理解いただき、ありがとうございます。では、ダンスの練習を……」
「その前に、こちらをお渡ししますね」
「なんでごさいましょう?」
私はセシリア様からバスケットとメモと紙を受け取った。
バスケットの中身はパンとミルクが入った小瓶。
「捜索の基本道具です。私の代わりに頑張ってください」
「いえ、その……はい、頑張りますが……このミルクとパンはどうされたのですか?」
「バクスに作っていただきました」
「……………………どのように理由を説明して?」
「ライル様がお慕いされている方を探すために必要「ノォォォォオ!!!!!」
私は頭を抱えて叫んでいた。




