殿下の恋の物語
ここまで書いて、彼の視点が無いのも可哀想な気がして、書いてみました。
「このような事しかできなかった、不甲斐ない母を許して」
その日、僕は母に謝罪された。
僕はこの国の王子だ。ただし四番目の継承者。
すでに正妃が三人産んだ後で、側妃が産んだ第二王子。
物心つく頃にはすでに兄が王太子と成っており、姉たちも嫁ぎ先が決まっていた。
母はせめて僕に公爵位をと陛下に掛け合ったらしいが、その望みはかなわず、それどころか、神殿入りを勧められたらしい。王家と神殿の関係を、より密なものとするために。
それでも母は諦めず、手を尽くしてくれたのだろう。侯爵家との縁談をまとめてくれたのだから。
そして陛下から「オーシーノ侯爵の娘と結婚し、侯爵家の者となるよう」言われ、それが僕の未来となった。
王子が侯爵だと、ハッ、情けない。
それでも、王家との縁を結べたことを喜び、敬う相手であれば、まだ良かった。
しかし侯爵令嬢ヴァイオラは顔合わせの時に、愛想笑いのひとつも浮かべない女だった。彼女の父親も神妙な顔をしており、再婚相手とその連れ子は侯爵の陰に隠れて、まともに顔を合わせようともしなかった。母には申し訳ないが、いっそ断ろうかと思ったが、そうすると神殿に入るしかなくなる。それは嫌だった。
婚約後は月に一度、婚約者を訪ねた。綺麗だが冷たく愛想のない婚約者との会話はたいして続かず、いつも早々に切り上げて帰ってきた。しかし、仕方なく行う形骸化したその訪問が、ある日一変した。
妖精のように可憐な少女に出会ったのだ。でも、妖精はあっという間にその横にいた地味な少女に連れ去られてしまった。それからはもう、僕は妖精の事しか考えられなかった。何とか彼女に会いたいと願い、頻繁に侯爵家を訪ねるようになったにも関わらず、会えずじまいだったため、仕方なく僕はヴァイオラに、地味少女について聞くことにした。
「ビダール子爵令嬢とは仲が良いのか?」
「わたくしが、ですか?」
「いや、おまえではなく、おまえの……」
「オリーとアニータ様なら、たいへん仲がよろしいですわ。今日もあちらのお宅におじゃましているはずです」
妖精の名が判った。おそらくオリーと言うのは愛称だろう。そういえば侯爵の再婚相手には連れ子が一人いたはず。そうか、ということは彼女はヴァイオラの義妹だ!
しかも今、地味少女のところに居るという。僕は急いで妖精の元へ向かった。ビダール子爵家への訪問理由は、未来の妹との親交を深めるとでもいえば子爵夫人は納得してくれた。
ようやく会えた彼女はやはり可憐だった!やっと彼女と会話ができると意気込んでいたのに、地味少女が僕達の会話を邪魔してくる!いったいあれは何なんだ?最初は僕に気があるのかと思ったが、そうではなさそうだ。妖精の側に張り付き、僕を睨んでくる。もしや、これが百合とかいうやつなのか?
それからしばらくして、侯爵邸の東屋に二人がいるのを見つけた。そこでようやく妖精の名前が判った。オリヴィアだ。だからオリーか、なるほど。しかし、ほんとにこの地味少女は邪魔だな。しかも、生意気にもオリヴィアと色違いのドレスを着ている。やはりこれは百合の可能性が高いな。もしそうなら、このままでは可憐なオリヴィアが百合少女の餌食になるかもしれない。
僕は友人のフェステとトビーに相談した。ひそかに思いを寄せている婚約者の義妹が、百合少女に狙われているから何とかしたいと。
フェステは、僕が侯爵家を継ぐにあたって、どんな条件なのか確認してきた。僕は覚えていることを告げる。<僕が侯爵家の娘と結婚して侯爵家を継ぐ>と。するとトビーが、
「ならば下の娘でも良いのでは?ただし、その娘が確かに侯爵の娘だと証明できないといけませんが」
と言ってきた。確かにそうだが、すでに上の娘と婚約している。
「ならば、なにか問題があることを証明して解消するというのはどうでしょう?異母妹ですからね、何かしら諍い事はあると思いますよ。それを利用して解消し、妹と婚約を結びなおすのです。そうすれば、その百合少女からも守れるでしょうし」
その助言に従って、翌日から僕はオリヴィアにそれとなく、ヴァイオラに何かされていないかを聞いてみることにした。すると、やはりあった!ドレスを隠されたり、仲良くしたいという心使いををつぶされたり、妹じゃないと罵られたりと、次々とヴァイオラの悪事が明らかになった。しかも、そんな目に遭いながらも心優しいオリヴィアは、「お姉さまは優しい方ですから」なんて言うんだ。そして、地味百合はそんな彼女の話を笑って聞いてる。こいつほんと最低だな。
僕はオリヴィアの出生証明書を教会から取り寄せることにした。理由は<将来家族となるものの素性を確かめるため>と言えば、教会も納得して出してくれた。オリヴィアは確かに侯爵の子供だった。これで準備は整った。あとは舞台だ。ちょうどあと二週間ほどで侯爵の誕生日パーティがあるから、そこで決行しよう。
そのことをオリヴィアに伝えようと思って侯爵邸を訪ねると、なんとあの地味百合と出かけているという。僕はフェステとトビーの手を借りて、何とか彼女たちを見つけたが、二人はまたしても色ちがいのそろいのドレスを着ていた!
「あれが地味百合ですか?」
小声でフェストが聞いてくるので、僕はうなずく。
「確かにあの様子は、仲のいい友人同士とはいいがたいですね。早急に引き離した方が良いでしょう」
そう言ってフェストは地味百合をひとしきり睨んだ後、オリヴィアにこっそり手紙を渡してくれた。
そして、ついに当日。
「ヴァイオラ、いまここに、私は君との婚約を破棄することを宣言する!かわりに、この麗しくも愛らしいオリヴィアを新たな婚約者に決めた!そして、これまで君がオリヴィアに対して行ってきた悪事を、今から白日の下に晒してやる。覚悟するがいい!!」
僕はオリヴィアの肩を抱き、声高らかに宣言した。
そして
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………僕は神殿に入ることが決まった。
これで完結となります。
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