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保健室(6) 動揺(中学2年生3月)

肛門診の描写があります。

「…さん。…佐伯さん」

 誰かが呼ぶ声に優香が目をさますと、中原先生がベッドの脇に立ち、顔を覗き込んでいた。

「よく眠ってたから、起こさなかったんだけど、もう保健室を閉めないといけない時間だから、起きて家に帰りなさい」

 優香はしばらく状況が飲み込めなかったが、目が覚めて来ると、自分が保健室登校をしていたこと、6時間目を保健室のベッドで過ごしたことを思い出した。


 昨晩、あまり眠れなかったからだろうか。思いの外、深い眠りに落ちていたらしい。

 起き上がると身体はだるく、少し寒気がした。

 ただ、暖かい布団の中で眠ったせいか、薬の効き目か、お尻の痛みは少し楽になっていた。


「ちょっと顔が赤いわね。熱があるんじゃない?」

 そう言われて、熱を測ると37度5分の微熱だった。

「早くお家に帰って、暖かくして休みなさい。まだ寒いから。それと、秋月さんから伝言よ。今日は先に帰るけど、明日元気になっていたら、また一緒に下校したいって。同級生同士、仲良くなれたのね」

 秋月…? 一瞬、何を言われているのかと思ったが、莉緒のことだと気付いた。

 優香は長時間休ませてもらったお礼を言って、保健室を出た。


 中原先生には早く家に帰るように言われたが、今日は友井クリニックを受診する日だった。

 うっかりゆっくり眠ってしまった…。

 優香は足早に友井クリニックに急いだが、到着した時には、閉院の18時をわずかに過ぎてしまっていた。


 閉めようとしていた受付に診察カードを出し、

「遅くなってすみません、今日診察していただく予定だったんですが、診ていただけないでしょうか…」

と声をかけていると、奥の診察室から友井医師が顔を出した。

「大丈夫ですよ、今から診るので、診察室にどうぞ」

「ありがとうございます。遅くなってすみません」


 優香が急いで診察室に入ると、もう看護師さんの姿はなく、友井医師一人だけだった。

「今日は、学校が長引いたの?」

「いえ…。6時間目に保健室で寝かせてもらったら、眠り込んでしまって…」

「具合が悪かった?」

「ちょっと疲れただけなんですけど、保健室登校で気軽に保健室に行けるので、甘えてしまいました…。そしたらいつの間にか熟睡してて…」

「そう。よく眠れた?」と友井医師は少し笑いながら言った。

「はい…」

「お昼寝ができてよかったね。今は薬のせいでずっと下痢をしているような状態なのと、お尻の炎症のせいで、微熱があるのと同じようなものなので、疲れやすくなっているからね。しんどいと思ったら、無理せずにゆっくり休むほうがいいよ」

「はい」

「では診察するので、診察台に上がって」


 いつものように診察台に横たわり、お腹を出すと聴診器があてられる。

「ゴロゴロしてるね。少し、下してる?」

「はい…。4時間目、体育館で見学していたら寒くて、冷えてしまったみたいで…」

 優香は指摘されて、恥ずかしそうに答えた。

「お腹だけでなく、痔にも冷えは良くないので、下半身はできるだけ厚着をして、寒い時にあてられるように、カイロも用意しておくのがいいかもね。お腹が下っているのは今日だけ? 薬が効きすぎてひどい下痢でつらかったり、効き目が弱くて食後にうまく出せないときはないですか?」

「はい…」

「お腹が下っている間は、食間の便秘薬は休んで、寝る前の緩下剤だけにして様子を見ましょう。では、お尻を診ますね。お尻は、まだひどく痛んでる?」

「今日は給食を食べた後、お薬が効く前に下してしまったので、少し、痛いです…」


 友井医師は優香に背を向けて、ゴム手袋をつけ、指先に潤滑剤を塗って準備をする。優香は看護師さんがいない時にいつもしているように、制服のスカートとショーツを脱ぐと、診察台の脇にのカゴに入れて、自分でお尻の上にタオルをかけ、左を下にして横向きに寝る体勢で診察を待った。


「お尻を診ますね」

 友井医師が、改めて優香に声をかけて、お尻のタオルがめくられる。

「怖くないから、リラックスしていてね。口を開けて、息を吐いて。はー」

「はーー」

 肛門を外側から開かれる不快感は、何度経験しても慣れることなどできず、優香は吐く息が悲鳴に変わりそうになるのを必死で堪えた。

 直腸内の指診が終わり、指がお尻から抜かれると、ホッとする間も無く、今度は肛門鏡の硬い感触を受け入れなければならない。

「身体を楽にして、もう一度、口から息を吐いて。……はい、いいですよ。息んで」

 幸い、肛門診の器具はすぐにお尻から抜かれた。

「ちょっと冷たくなるよ」と声をかけられたかと思うと、スプレーで肛門に消毒液を噴霧されて、優しく押さえられたのち、優香のお尻には再びタオルがかけられた。


「炎症も傷も、よくなってきていますね。この調子で、もうしばらく内服薬と注入軟膏を使っていきましょう」

 大きな苦痛はなく、短時間であっけなく、診察は終了した。

 あのお尻を高く上げた、恥ずかしいポーズでの診察も覚悟していたので、ホッとした反面、自分がどこか物足りないような気持ちになっているような気がして、優香は愕然とした。


「そっち系の趣味に目覚めた」という莉緒の言葉と、「先生が浣腸好きだから」という彩奈の声が蘇る。


 優香は横向きに寝た姿勢のまま、首だけ振り返るように、そっと友井医師の方を伺った。

 使用済みの手袋を処理し、器具を片付けていた友井医師は、優香の様子に気づいて言った。

「どうしたの、ひどく痛む? それとも、何か相談がしたいことがある?」

 そう聞かれて優香は動揺し、

「いえ……大丈夫です。すみません」

と答えて、慌てて起き上がり、身支度を整えた。

「ゆっくりでいいよ」

 友井医師が微笑みながら言った。


「薬は1週間分処方します。薬がなくなったら、また診せに来てください。薬がなくなる前でも、お尻の出血や痛みがひどかったり、お腹の調子が悪かったら、すぐ来るようにね。下痢や便秘をしてしまうとお尻に悪いので、薬を調整する必要があるから。お大事に」



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