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02 脆弱兎恥じらいを知らず



 体がバラバラになってしまうような衝撃だった。

 とてつもない突風に吹き付けられたような。

 耳に痛い絶叫を間近で聞かされたような。


 でもそのどちらでもなかった。

 目を開けると、目の前に黒づくめの男の人がいた。


 そう―――人だ。


『私、人間界にこれたのね!』


 思わず、その男の人に飛びついてしまった。

 全身黒のローブを纏った、後から考えれば怪しいとしか言いようのない人物だ。

 召喚されて最初に目の前にいたのだから、この人が私を召喚した人―――使役者(マスター)に違いない。


『ありがとう。本当にありがとう!』


 私は思わず何度もお礼を言った。

 だって彼がこの世界に呼んでくれたから、私は約束を守ることができる。

 金髪に綺麗な青紫の瞳。

 かわいいかわいい人間の女の子。

 私は彼女と、再会の約束をした。


「じゃあ私、もう行くね!」


 嬉しくてぴょんぴょんとその場を離れようとしたら、むんずと首根っこを掴まれた。

 掴まれても痛くはないのだけれど、身動きができなくてばたばたする。

 それで気付いた。今の私は獣の姿だ。


「なんだこれは?」


 それが男の第一声。


「はへ?」


「俺はシーフを呼び出したはずだが、どうしてこんなすっとぼけた兎が出てくるんだ?」


 そう言ってフードを取った男の人は、色の白いとてもきれいな人だった。

 光を全て吸い込んでしまうような黒髪と、そして暗い青紫の瞳。


 (あの子と同じ色でとってもきれい)


 私が呑気にその色に見とれていると。


「仕方ない。これは食料にして別の精霊を呼び出すか」


 そう言って、男が私を皮袋に放り込もうとするではないか!

 食料になどされるわけにはいかない私は、慌てて本来の姿に戻った。

 本来の姿というのは精霊の姿ということだ。

 人に似た形を持つ、イデアでの本来の姿。

 全身に生えた体毛が薄くなり、お腹から順番につるつるになっていく。

 体がどんどん大きくなって、目線の位置も高くなる。

 男は驚いて私のことを取り落した。


「あいたたた……」


 尻餅をついた私は、毛皮というクッションを失ったお尻を撫でた。

 毛皮はなくなっても小さなしっぽは健在だ。それに垂れた耳と、長く鋭い爪。

 それ以外は、ちゃんと人間の雌らしくなったはず。

 私は自慢げに立ち上がると、すっと胸を逸らした。


「私はネザーランド・ミミ・ロップ。あなたが召喚したシーフで間違いないよ!」


 すると男はしばらく沈黙した。

 そして彼の顔にうっすらと赤みがさす。

 彼は自分の纏っていたローブを脱ぎ去ると、ポイと私の方に投げた。


「そんな無防備な使役獣があるか! さっさとそれを着ろ。恥じらいを持て!」


 “恥じらい”とは何だろう?

 首を傾げつつ、彼の言う通りにした。

 マスターの言うことは、とりあえず聞かなくちゃならない。

 少しは勉強してきたとはいえ、やっぱりこちらの世界のことは不勉強だ。

 さっきの男の人を真似て、その布ですっぽり体を覆った。

 マスターの匂いがする。


(あれ? この匂い、どこかで……?)


 覚えのあるような気がする匂いに気を取られていると、マスターはイライラと足を踏み鳴らした。

 どうやら気の短いお人らしい。

 私はその眼光の鋭さに気圧されて、すすすすと彼の前に進み出た。

 ローブを脱いだ彼は、それでもやっぱり黒づくめだ。

 真っ黒の長い髪と、綺麗な目を隠してしまう長い前髪。なめした革の服も黒で、その下には防御のためか金属が見え隠れしている。

 私はマスターの言葉を待った。

 彼は私をまっすぐに見下ろし、とても難しい顔をしている。

 眉間に皺をよせた、とっても迫力なる顔だった。

 正直言って、さっきのリザードマンなんて全然めじゃない。


「おおーい。召喚の首尾はどうだ?」


 そう言って木々の間から顔をのぞかせたのは、整っているのにどこかひょうきんな顔つきの男の人だった。

 彼は私を見ると、文字通り目を丸くした。


「なんだよおい。ダンジョン攻略を目前にしてナンパかぁ?」


 冗談めかして、マスターの肩をがしりと掴む。

 マスターの方が身長が高いらしく、彼は少し無理のある体勢になった。


「ふざけるな」


 押し殺した地の底から響くような声で言い、マスターはその男の人を振り払った。

 けれどその人はお構いなしで、私とマスターを交互に見てにやにやと笑っている。


「ふざけちゃいないさ。パーティのリーダーは俺だぜ? 説明責任はちゃんと果たしてもらわないと困るな」


 楽しげに言う男の人と、苦虫を噛み潰したような顔のマスター。

 今度は私が、その二人を交互に見上げる羽目になったのだった。





 

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