冬到来③
アデリーはパン生地を作り終えて厨房の隅で明日以降使う小麦粉を挽いていた。石臼をぐるぐる回してライ麦やオート麦を挽くのはかなり腕が疲れる。心を無にしてひたすら石臼を回していると後ろから声を掛けられた。ニコラスが腕まくりをしながら「代わってあげるよ」と、言う。
「重いですよ、石臼」
場所を代わるように促されて一応後ずさりながら大変さをアピールしてみた。
「わけないさ。はい、場所あけて」
毎回この作業は腕の感覚がなくなるほど疲れるので、少しでも代わってもらえるなら休もうと言われるままに場所を譲った。
「この辺りは水車がないんだよなぁ。ここに作るにしても春以降になっちまうし」
会話をしながらアデリーの二倍早く石臼を回していく。アデリーはそんな力が羨ましかった。
「作る予定はあるのでしょうか」
「んー、まぁ人が集まるかどうかだよ。この人数くらいならそこまで必要じゃないし、他の村々がもう少し近ければ金をとって水車で小麦粉にするって案も成り立つけどね。どうなることやら」
アデリーは腕をぶるぶる震わせて、疲れ切った筋肉をほぐそうとしていた。
「ここに人が集まりだしたら、部屋は足りませんね」
「川の向こう岸に村を作ればいいから、そこはそんなに問題じゃないさ。幸いダグマも居るし、統率者に困ることもない」
腕を震わせたまま「ニコラスさんもそうしたらここに定住されますか?」と、聞いてみた。
「俺はここを拠点に物を売り歩くって形になるかなぁ。外からも行商人が来るかもしれないけど、鉱石を仕入れたりする必要があるのはかわらないしな」
「でも、基本的にはここの住人ということですね。それは嬉しいです」
ニコラスは相変わらずアデリーがする粉挽きの二倍の速度で手を動かしている。
「なんとなく私ってここでは単なる厄介者なんじゃないかって思ってしまいます」
ボンヤリしていると口から気持ちが漏れていた。ハッとすると「あ、今のは聞かなかったことにしてください! 違います。私は何か仕事を得て皆に堂々と肩を並べることが目標です」と、前言撤回した。ニコラスは手を止めずに「別に不安を吐き出して咎める奴は居ないから気にするな。むしろ俺には大いに吐き出せばいいよ」と笑みをたたえたまま言った。
そこで一旦手を止めた。
「ここに住むなら俺も結婚したいと思ってる。君はどう? 結婚したくないかい?」
この質問は意味ありげに聞こえて言葉に詰まった。答えに困るとはこのことだ。単なる希望なのか、アデリーに結婚してほしいと言っているのか……。
「結婚ですか。そうですね……いずれは。今はとにかく何か仕事を得たいと思うほうが強くて」
「そうくるよな。アデリーはダグマが好きみたいだし」
思わず「うっ」と声が出た。
「な? だろ。今の返事はなかなか上手いこと逃げたな。しかし、俺の好きな子は皆ダグマを好きになる。いっそ、俺が好きにならなきゃダグマを好きにもならないんじゃないか?」
面白い理屈だが、アデリーにはどう反応して良いのかわからなかった。笑うことも出来なければ謝るのも違う気がしたのだ。そもそも、ニコラスはアデリーを気に入ってくれてはいるかもしれないが、ベッラがトニを好きだという感情とはかけ離れている気もしなくもない。
「それはダグマも同じかもな。アンナを愛さなかったらアンナはあんな目に遭わなかったんだから」
ゴリゴリと石と石が擦れる音が地響きのように絶えず鳴っていた。頬にゾワッと寒気が走りニコラスの横顔を見つめていた。
「俺達は近衛騎士だったろ? それゆえ敵も多かった。大きな勢力にはそれを狙う輩が必ず生まれるんだ。王を倒したいと躍起になっている連中の邪魔をしているのが近衛だ。じゃあ近衛たちを排除しなきゃならない。ただ、近衛だからな。強いんだ。そうするとどうする? 近衛の弱みを攻撃するんだよ」
ニコラスの長いまつ毛の先にある石臼を見ているようでも、見ていないようでもあった。時々、深い皺が眉間にくっきり浮かぶが、それでも話をし続ける。
「俺は孤児だし、トニもそうだ。もちろん、古くから王に使える由緒正しい家柄の奴もいるが、ダグマ団はほぼ孤児の集まりだったよ。なぜかって? そりゃ、守るべきものが他にない奴は弱みがないに等しいからな。卑しい出身かもしれない俺達を分け隔てなく採用してくれていた王には心より感謝していたし、そういう意味でも最強の騎士団だった」




