晩秋⑥
アデリーは慌てて駆けつけようとした。しかし、悲鳴でアデリーの元に走ってきたロセに服を掴まれた。
「行ったらダメ! 危ないでしょ!」
アデリーは掴まれている服を取り返そうとした。
「でもベッラさんが猪に──」
「アンタが行って何が出来るの!」
叱責されて涙が滲む。その通りだが、どうしても何もせずにここに居ることは出来ないと思った。
すると、ヒュンヒュンと立て続けに矢が飛んできた。二本とも場所は違うが猪の身体に命中し、猪が矢の飛んできた方へターゲットを変えた。
「トニ、射れ! 俺が援護する」
ダグマが持っていた弓を投げ、背に担いでいた槍を抜いた。
「次こそは頭だ」
トニが勢いをつけて向かってくる猪に狙いを定めて矢を射ったが、またしても頭ではなく身体に命中し、猪の足を止めることは出来なかった。猛烈な勢いで駆けていく猪にトニも弓を捨てて腰に刺してある剣を抜こうとする。
「ああ、間に合わない──」
トニの動きより猪の方が速い。アデリーは絶望して息を呑んだが、ダグマが持っていた槍を猪の付け根にねじ入れた。すると、猪は途轍もない悲鳴を上げながら前のめりに倒れていく。それまでの勢いが巨体にのり、倒れ込みながら滑るように飛んでいく。その先にいたトニは寸でのところで猪をかわしていた。
「とどめを刺す」
槍を抜き取ると、ダグマは猪の身体に渾身の力で突き刺した。猪は先程とは違い、か細い悲鳴を上げてから事切れたようだった。
終わったと思っても、アデリーは自分がワナワナと震えているのを止めることが出来なかった。
「大丈夫、もう終わったのよ」
いち早く立ち直ったロセは、アデリーの肩を叩いてからベッラの方に体を向けて駆け出していった。
ダグマは槍を抜くと、そのまま手に持ちアデリーの方へと走ってきた。
「怪我はないか」
もちろん、アデリーは傷一つ負っていない。
「だ、だ、大丈夫です」
ただひたすらに動揺しているだけだった。それでも震えているアデリーをダグマがそっと抱きしめて「大丈夫だ。息をゆっくり吸って、それから吐き出して」と、呼吸を整えるのに手を貸してくれた。
「わた、わたしは、大丈夫なので、ベッラさんが、ベッラさんを」
アデリーの背を擦りながら「トニとロセが行ってるから問題ない」と、優しくダグマは答えた。
「息を吸って吐くんだ、アデリー。さぁ」
落ち着かなければと念じ、言われるがままに息を吸い、吐けと言われたタイミングで息を押し出した。
「そうだ。出来てるぞ。落ち着いてくるから繰り返せ」
落ち着けば落ち着くほど、アデリーはダグマに抱き寄せられていることが後ろめたかった。もっと恐ろしい目に遭ったベッラがダグマに介抱してもらうべきなのだ。しかもベッラの気持ちを知っているのに、これはなかなかに酷い仕打ちをしている。
「ダグマさん、落ち着きました。だからあの……ベッラさんの元に」
「なんだ、アデリーは俺じゃ不満か」
ため息混じりに言われると、胸がキリキリと痛んだ。ダグマに優しくされて嬉しくないはずがないのに、ベッラを思うとダグマの言葉を否定することができないのだ。
「ひとの心配ができるほど回復したならもういいか」
逞しいダグマの体が離れると喪失感から落ち込んでしまいそうになった。ダグマは槍を振って付いていた血液を落としていた。
「ほら、行くぞ」
まだ放心状態のアデリーに声を掛けると、ダグマはアデリーの手を取った。
「引っ張ってやるから、ほら」
子供時代、よく親が手を繋いでくれた。それ以来ぶりだった。まるで子供みたいだと思うと、自分の強欲さに恥ずかしくなった。ベッラの気持ちを考えてダグマに離れてほしいと思ったり、手を繋いで子供扱いすることに気落ちしたり、感情が目まぐるしく変わって制御不能になっていた。




