晩秋①
ベッラがキノコのスープを作っている横で、アデリーは陶器作りに戻ったカリーナに教わった通りに漬けておいた鶏肉を蒸してみた。
水を張った鍋にカゴを逆さに入れた。そのカゴの上に鶏肉を置いて蓋をする。沸騰して少ししたら火から下ろして蒸すという工程だ。
「へぇ、私も今度やってみるわ」
やり方を見聞きしていたベッラが、いい香りに鼻をヒクヒクさせて言う。アデリーも同じように匂いを嗅いだ。香辛料の薫りがフワフワと漂っている。
「キノコのスープの香りもするし、鶏の匂いも最高で、天国にいるみたい」
食べてから言いなさいとアデリーの言葉にベッラが苦笑した。でも、ベッラだって匂いを嗅ぐのを止めないのだから、きっと同じ気持ちなのだ。
「それにしてもトニって優しさの塊みたいな人よね」
昨日来たトニは誰よりも礼儀正しく、とても親切な人だった。食事を一緒にとった時も、常に皆の動きを見ていて誰が何を欲しているかいち早く察知して皿を回してくれたりした。
「弓師さんだなんて信じられないです」
アデリーはあの目を線にしたような柔らかな表情で獣を狩るのがどうしても想像できなかった。
「そうね……でも、あの髪型だもの、普通の人ではないわ」
ベッラがそう髪型に触れたのでアデリーは思い切ってずっと疑問に思っていたことを聞く機会だと口を開く。
「髪型に意味があるのでしょうか。これまで気になっていたのですけど」
ベッラは大匙で鍋を掻き混ぜながら「そうか、知らないのね。あれは近衛騎士の髪型なの。国王直属の部隊よ」と、説明した。
驚きは二重三重になってアデリーを襲った。国王があまりに遠い存在過ぎてアデリーにとっては物語の人物のようだし、その人に仕えているなんて余りに格が違い過ぎて目の前がぐるぐるする。そんな人たちが身近に居ることも現実とは思えなかった。
「でも、辞めたのよ。今は騎士様ではないわ」
確かに三人とも王宮にいないしそうなのだろうと感じるが、まだショックから立ち直っていないアデリーは押し寄せる疑問に質問が次々に浮かんで溢れ出そうだった。
「その顔。私も辞めた理由なんかは知らないの。ただ近衛だったのはニコラスも認めているし確かなことなのよ。でも、あの人たちが戦ったりしてる姿を想像するのは難しいわね。皆、穏やかなものですもの」
確かに差はあれど、三人ともとても騎士とは思えない物腰の柔らかい人物だ。
「あの、詳しいことはわかりませんけど近衛兵って王様に忠誠を誓い、ずっと仕えるのが普通なのではないですか?」
アデリーはそうイメージしていた。ベッラも肩をすくめて「たぶんね。何かしら理由があって、離脱することを赦されたのでしょうね。離反したのなら追手があってもおかしくないけど、そんな様子は皆無だもの」と、意見を述べた。
「それにしても凄い人たちなのですね。驚きました」
ベッラは塩の器を出してスープにひとつまみ振りかけてかき混ぜ、それを三回繰り返した。
「これは私の予想だけど、ダグマが近衛兵長だと思う。二人が慕っている感じを見ても、そもそも風格が違うでしょ? ダグマは別格ですもの」
そこで鶏はもう良いと思うわよ。と、助言されて鍋を火から下ろした。そのまま蒸して置くので、覗きたい気持ちを抑えて鍋をそっとしておいた。
「そうですね。そんな人が気にかけてくださってるなんてありがたいです」
「心強いわよね。でも、リルの件があった時、ダグマはなんというのかしら……油断していたのか、始めは言葉を失っていたわ。ダグマはたぶん誰かを守るということに相当執着しているのね。責任を感じる必要はないのに、たぶん自分を責めていたのよ」
同じようなことをロセも口にしていた。ダグマのせいではないし、一番悪いのはアデリーがリルの部屋に一人で行ってしまったことだ。
「私が悪かったのに……。皆が私に罪悪感を覚えているのは悲しいです」
「皆が?」
アデリーは頷いた。
「ダグマさんもそうみたいだし、ロセもそう。それにたまたま私に担保として刃物を預けてくれたベニートさんまで。私がちゃんとリルの狡猾さに気がついて部屋になんていかなければこんなふうにはならなかったのに」
味見を終えたベッラが首を横に振った。
「騙そうとしてる相手のほうが大抵上手なの。場数を踏めばわかるようになるわよ。皆、自分を責めちゃって困った人たちね」
そう言うとスープを椀に少し取ってアデリーに手渡した。
「味見してみて。あなたが味を決めて頂戴な」
受け取った椀にふうふうと息を吹きかけて、恐る恐る口をつける。
「わぁ、これ! キノコのスープと言ったらこれです! 美味しくて溶けちゃいそうです」
ヤマドリダケの美味しさを存分に味わえる最高のスープだ。美味しい物を食べると頬が落ちるというが、これは全身から力が抜けるほどの威力だ。
「じゃあ、味は決まりね! 美味しいのよね、ヤマドリダケ。でもヤマドリダケの近くって猪が多いらしくてドキドキしたわ。それでももう一度くらい行きたいわ。薄く切ってお日様にさらしておくと保存できるってカリーナから聞いたの」
大匙を洗って片付け始めたベッラにアデリーが「私もその時は一緒に行きたいです」と、願い出てみた。




