弓師トニ⑤
翌朝、カリーナが朝食後にアデリーのパンを褒めたついでに鳥の胸肉を使った料理を教えてくれた。
「もも肉は柔らかいし脂ものってるだろ? だから料理がしやすいんだよ。ただ焼いただけでも肉汁が滴るしね。しかし胸肉はそうはいかない。無駄にするわけにはいかないけども、そのまま焼いたりすると固くてパサパサするんだよ」
そう言うと調理用ナイフを取り出した。普段はベッラが調理を担当しているのだが、今日は気晴らしにキノコを取りに行きたいとのことで出かけていた。この時期はアカハツタケ、ヤマドリダケ、カラハツタケが旬なのだ。
「ベッラさんはキノコ採れたでしょうか」
鳩の胸肉を三羽分持ってきたカリーナに聞いてみた。ベッラは街の人で、アデリーもそれに近い。だから、キノコの生息地には疎いのだ。
「羊飼いのマリオが一緒だから問題ないだろうよ。あれは山に詳しいからね」
カリーナの返答にアデリーは心を踊らせた。そうなるとキノコが食べられる。ヤマドリダケは特に香り高いことで知られ、アデリーの大好物だった。
「今夜はキノコのスープになるのかしら。とっても楽しみです!」
既に鼻からヤマドリダケの香りが抜けていくようだった。夢見心地のアデリーにカリーナが「あらやだよ、この娘ったら。夢の世界に行ってないで帰っていらっしゃい」と、笑うのだった。
「ちなみにロセも行ったんだよ」
既に羽根を抜かれた肉を台に乗せると、カリーナはナイフで細かく刺していく。決して切らずに穴を開けているだけだ。味を染み込ませ、肉を柔らかくすると言いながら途轍もないスピードでナイフを入れる。
「ロセも?」
「ああ、毒キノコを採るんだと。ベッラは毒キノコを見分けるのがまだ不慣れだろうし、丁度いいってさ」
アデリーはなんだかちょっとだけ羨ましかった。キノコ探しはお宝探しみたいで楽しいのだ。昔、一度だけ館にいる全員総出で出かけたことがあった。楽しくていい思い出になっている。
「アデリー。見てたかい? こうやってナイフを裏表入れてから塩と香辛料を擦り込むんだ」
塩の壺を取るように言われて、アデリーは棚から壺を下ろす。表にひとつまみ振りかけ、カリーナがひっくり返してからさらにひとつまみ。
「呪文を唱えるよ。『美味しくなぁれ、美味しくなぁれ』」
呪文を十回だと言う。そしてひっくり返してからまた十回。香辛料はそれが終わってから表面にサッと擦り込んでいった。
「さ、こんな感じかね」
木のボウルを取り出して肉を入れると、少し発酵が進んでしまったミード酒を軽く流し入れていく。
「酒は肉を柔らかくするんだよ。これで下準備完了。布巾を掛けて一日置いたら、明日蒸してあげて完成さ」
そんなに難しくないのでこれならアデリーにも作れそうだ。
「呪文を忘れちゃ駄目だよ」
カリーナは水で手を洗いながら念を推して言った。
「呪文を唱えてるそこのご婦人方」
ドアの方から声を掛けられて、アデリーとカリーナはほぼ同時に声の主の方に顔を向けた。身長の高い男性が弓を担いで立っている。
「風の噂でここにニコラスやダグマが居ると聞いたのだが、本当かい?」
歳の頃はニコラスに近いだろうか。ただとにかく高身長で、扉に頭をぶつけてしまいそうだった。そしてこの人も髪が長く緩い三つ編みを肩に乗せていた。
「ああ、二人の知り合いかい? 案内してあげるから手を洗い終えるまで──」
「あの、それなら私が案内しますよ」
アデリーは見ていただけなので直ぐに案内できる。だから、そう告げたのだが、カリーナはそれを許さなかった。
「ダメダメ。あんた、この前のことを忘れたのかい? 若い女であることを自覚しなきゃ」
そうは言われてもカリーナも女の人だ。そう思ったのがカリーナに伝わったらしい。
「アタシはそんじょそこらの男には負けないから心配ないんだよ。陶器作るってのは土を運んで捏ねての繰り返しさ。自然と力もつくんだから」
二人の話を聞いていた男がニッコリと微笑んだ。なんとも優しそうな人だとアデリーは思っていた。
「そんなに警戒してくれるなよ、お二人さん。早いところダグマかニコラスに会ってちゃんと紹介して貰わなければならんな」
低い声と話す速度がアデリーの父を彷彿とさせた。懐かしさと寂しさとでぼんやりしていると、カリーナがその人を連れてダグマの元へと行ってしまった。日々幸せで、しかも精一杯生きているから唐突に訪れた父の記憶に胸が締め付けられていた。




