秘密③
リルの部屋に行くまでとにかく憂鬱だった。
アデリーは食事や翌朝の準備を終えると、一度部屋へと戻り、廃城の通路を歩く人が途切れるのを待ってからリルの元へと向かった。
月明かりのよく届く夜で、明かりは必要なかった。なんとなく、びくびくしながら階段を下りて行き、リルの部屋の戸を叩く。直ぐにリルが扉を開けて中へと迎え入れてくれた。
リルの部屋は入って直ぐの所に石が山積みされている。これに加えて道具も壁にかけてあって立派な石工部屋だった。その奥は個人のスペースになっていて、扉が開け放たれていたので中が見えた。ベッドと、カルロに作ってもらったであろうテーブルが一つ。イスも一つだけ置いてある。テーブルの上には何かの土瓶とマグカップが乗っているようだった。
「人には見られなかったかい?」
リルはアデリーにベッドに腰掛けるように言ってから、そう聞いてきた。
「たぶん。明かりを持ってこなかったから、目立たなかったはずだもの」
「それならいいんだけど」
そんなに見られたらマズイのかと心配になり、やはりそんなことでソワソワしてしまう。それでなくても夜に男性と二人きりで居心地は最悪だった。
「それでプロポーズする話だけれど」
とにかく話を済ませて早く自分の部屋に戻りたかった。リルの部屋は火を灯してあっても暗いから、リルの表情すらあまりよく判別できない。
「ああ、そうだった。その話の前にさ」
リルはテーブルに置いてあった土瓶を持ち上げると、中身をマグカップへと注ぎ入れる。角度が変わってそれが酒用の瓶であることがわかった。
「まだ誕生日前日なんだけど、景気づけの意味も込めて乾杯しよう」
ますますどうしたらいいのかわからなくなった。プロポーズの応援もしたいし、誕生日祝いもしてあげたいが、酒は飲みたくなかった。アルコールにめっぽう弱いし、この状況が不安なのだ。
なんと言ったら角が立たないか思案していたら、リルに先回りされた。
「そんなに考えることじゃない。ちょっと飲んで陽気な気持ちになりたいだけだ。俺もプロポーズするのは不安なんだ。ロセはなかなか強情だし。わかってくれるだろ?」
ベッドに腰掛けたアデリーは顔を上向かせてリルを見た。どうにか笑みを浮かべ、手を握りしめた。
「……そうね。お祝いだからちょっとだけいただくわ」
リルは酒を飲んでほしそうだ。空気に圧されて承諾してから、せめてアップル酒であることを心の中で願っていた。エールは場合によってはかなりクセが強いし、アップル酒の方がリンゴ本来の味が残っているので飲みやすいはずだ。
リルはマグカップをアデリーに渡す。
「カップが一つしかないんだ。アデリーが飲んだら俺も飲む。さぁ、飲んで」
渡されたマグカップを手に取ると中身がやたらと重く感じた。それでもアデリーはリルを見上げて言う。
「プロポーズが成功することを祈ってるわ。それから、お誕生日おめでとう」
カップを軽く上げて乾杯のポーズをとる。
「アデリーが祝ってくれて嬉しいよ」
この期に及んでもグズグズしていたアデリーだったがこう言われたら飲むしかない。カップを口に付けると、それは想像とは違いミード酒だった。ミード酒は高価な酒でますます飲まざるを得なくなる。ほんのちょっと口に含んで飲み込むと喉が焼けるような感覚に、思わず手を止める。
「もう少し飲んでくれよ。なんだか嫌々飲んでるみたいで寂しいじゃないか」
喉の痛みに顔を顰めながら、さらに酒を煽った。このミード酒はなんだかクセがある。多くの酒は作った場所、人、材料などで出来が変わってくるのだと聞いたことがあった。それにしても甘さにカモフラージュされた苦みが不快だ。こんなものを前後不覚になるまでベニートは飲めるなんて、むしろ凄いことだと思った。半分ほど飲んだところで限界を迎え、マグを口から離した。
「飲まないのか?」
マグを手渡されて不満そうだが、アデリーは既にクラクラとしていた。頭を支点にして回転させられているような変な感じだ。
「申し訳ないけど、限界。世界が回ってる……」
元々暗い部屋がもっと深い闇に覆われたように感じていた。視界がぼやけている。酒に弱い質のアデリーでも、いくらなんでもこれはおかしなことだった。
リルはそんなアデリーを心配するわけでもなく、ただ眺めている。マグを後ろ手でテーブルに置きながら、アデリーを見下ろしていた。




