娼婦ベッラ②
階段を下りきってもまだ川岸まで辿り着かない女性を、ただ待つのはなんとなく怠けているようでじっとしていられず、アデリーは橋を渡って女性のもとまで駆けて行った。
段々とハッキリする女性の風貌。一括りにしたブロンドヘアーを揺らしながら歩く姿は、女のアデリーから見ても艶かしい。胸元が大きく開いていて、馴染がない服を着ていた。肩に掛けた袋はかなり物が詰められているようだった。
「あら、こんにちは」
美しく整った顔に紅を塗った唇がゆっくりと動く。つい見惚れてしまいそうな口元をしていた。
「こ、こんにちは。こちらに向かっていたようだったので」
しどろもどろになって恥ずかしかったが、その女性はニコニコと微笑んで聞いてくれていた。
「ええ、あなたはここに住んでいるのかしら」
「はい、少し前からですけど、住んでいます」
頷く仕草すらなんだかとても素敵だった。女性は唇に人差し指を置いて、僅かに宙を見上げて言う。
「ここにニコラスが居ると聞いたのよ。居るかしら? 髪の長い、行商人よ」
「しばらく居ましたが、今は違う街に行きました」
ニコラスとの関係はわからないが、美男美女でとてもお似合いだと感じた。
「そう……戻ってくるかしら? ここで冬を越すのだとニコラスから聞いたのだけど、待ってもいい?」
こんなふうに綺麗な女性に頼まれたら、二つ返事で了承してしまいたくなる。けれど、ここはダグマの意見を聞かなければと思い、ダグマの方へと視線を投げた。ダグマは一人でリンゴをもぎっている。
「あの方に聞かなければわからないので、良かったらあそこまで一緒に行ってくれませんか?」
女性も見上げてダグマを見つめた。
「ええ、もちろん行くわ。あの人がここでの決定権を握る人なのね」
じゃあ、ついてきてください。と、声を掛けると女性を伴い橋を渡った。畑で土を掘り起こしていたゴーダが顔を上げて見ていることに気がついた女性はゴーダに手を振ってみせた。ゴーダはそれに驚いたらしく、慌てて被っていた帽子を胸に抱えて頭を下げていた。
「思ったより人が居るのね。ニコラスからはほとんど人なんて居ないと聞いていたのよ」
「ここ最近で増えました。私もそうですけど、居心地がとても良いので」
もちろん生まれ育った領主館のほうが何もかも揃っているし、民も豊かな生活を送っていた。でも、こちらも成長過程ではあるが、かなり住みやすいと感じていた。食べ物に困ることもなく、清潔なベッドで眠れる日々に感謝しかない。しかも、この廃城の仕組みの一端に加われていることがアデリーには誇りだった。まだほとんど役立たずだが、それでも何もしてなかった頃に比べればかなりマシなはずだ。
「それは素晴らしいわね。確かにここはギスギスした空気もないし、変な臭いもないわね」
「街からいらしたのですか?」
「ええ、そうなの。人が集まると悪臭がね……。仕方がないとはいえ、こことはまるで違う。ここに居ると思いっきり息を吸いたくなるわ。新鮮な空気ってそれだけで最高よ」
アデリーも街には幾度となく連れて行ってもらったことがあるので、女性の言いたいことがよくわかった。一見綺麗に見える街でも、人口増加でゴミが増えて放置され、悪臭を放つことも珍しいことではない。汚水を道に放っている街に比べると、ここは本当に清潔だった。
「それにしてもこの階段に沿って流れてる水はなにかしら」
女性が足元にある溝を興味津々で観察していた。
「汚水を流す溝です。川まで続いているんですよ。トイレ以外の汚れた水が流れます」
「それはすごいわね。川に勝手に流れてくれるなんて」
石工と大工が揃い、元通りに復元できた上下水道はとにかく最高だった。水運びという生活するには必要不可欠な仕事を丸々担ってくれているのだ。
「あのニコラスが越冬地に選ぶだけあるわ。とても良い」
女性は階段を上がりながら廃城での疑問点を次々に口にし、アデリーはわかる限り答えていった。美人なのに気取っているところもなく、まるでニコラスみたいに親しみやすい人柄だ。
和気あいあいと階段を上ってダグマの元までやってきた。ダグマは二人を迎えるためなのか、木からスルスルと下りてくる。
「ダグマさん、こちらはニコラスさんのお知り合いだそうです」




