娼婦ベッラ①
秋の足音がしてきたある日、ニコラスが本格的に寒くなる前に品物を仕入れて戻ってくると廃城から旅立った。浴場はほぼ完成と言っても過言ではないほど整ってからの出発だった。
「ここまではダグマさんが使えそうな石を保管してくれてた物でなんとかなったけど、この先はそうも行かないから石を切り出しに行かなきゃならない」
ニコラスが旅立った後、そう話してリルは近くの石切場跡に行きたいと食事中に皆に話し、それなら手を貸そうとカルロが馬を連れてお供することになった。
「石切場周辺の木を倒して待つよ。板を作っておけば冬場の暇な時に色々作れるしね」
カルロがそう話すとすかさず母親のカリーナが長持(服などを入れておく箱)が必要だと訴えていた。確かに、長持は全員欲しいしアデリーも欲しかった。
バタバタと男三人が出ていってしまった途端に廃城は寂しくなった。ついこの間までもっと少なかったのに、一度増えたメンバーが居ないというのは寂しさが倍増するのだった。
パンを焼いて朝の仕事を終えると、アデリーはリンゴを狩るのを手伝うことになった。廃城には山肌に果実のなる木が植えられている。これはダグマが棲み着く以前よりあったものらしい。ダグマとリンゴを入れるためのカゴを抱えてダグマの部屋の真下あたりにあるリンゴの木を目指す。
「リンゴを採ったらどのように使うのですか?」
前を行くダグマに問うとダグマは振り返らずに「去年はそのまま囓っただけだったが、今年は加工してとっておくといいかもな」と答えた。
「林檎酒にはしないんですね」
「そんなに簡単なもんじゃないしな。俺も詳しくはないが、そのうち詳しい奴が来たらつくればいいさ。今年はとりあえずジャムにすればいい」
貯蔵庫に樽入りの砂糖が数個ある。これはダグマが買ってくれたものだが、こんなに砂糖があるのはそれだけで幸せなことだった。
「カリーナさんがそろそろ陶器を作るって話していましたよ。そうしたら、そこにリンゴのジャムを入れて街に持っていって売れますね」
「それはいい。そしたらそれを元手にまた砂糖を買えるしな」
リンゴの木を二人で見上げ、重そうにぶら下がる真っ赤なリンゴを眺めた。
「んじゃ、俺が木の上に登るからカゴいっぱいになったら下ろす。そしたらアデリーは厨房まで持っていってくれ」
「貯蔵庫ではなく、厨房ですか?」
ダグマは木の節に足をかけるとスイスイと上がっていく。
「採ってる時はいちいち虫食いなんかは見ないから、厨房で選り分けてくれ。傷みそうなのは早めに加工しておかないとな」
太めの幹にどっしり腰を落ち着かせると遠くを見て、ダグマは何かを見つけて動きを止めた。
「人が来るな……ロセは今日何をするって?」
「ベニートさんを迎えに行った時に摘んだ薬草を煎じておくと話してました」
実のところ、それは小耳に挟んだだけだった。ロセがカリーナに、たまには食事を作ってくれと言われてそう返したのを聞いたのだ。未だにロセとはまともな会話をすることができない。クヨクヨしていても仕方がないので、無理に仲良くしようとするのはやめている。
「じゃあロセじゃないか。ちょっとリンゴを採ってるから、アデリーが行ってどんな用なのか聞いてきてくれ」
話し終えると、ダグマはリンゴを掴んで捻った。その勢いでたわわに実ったリンゴたちがワサワサと揺れている。
アデリーは「じゃあ行ってきます」と持っていたカゴをその場に置いて、もと来た階段を下りていく。歩みを進めながら橋の向こうを見渡せば確かに女性が一人歩いてくるのが見えた。




