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弁護士は、現代社会に生きる、辛い過去を持つ魔女達を自己犠牲も問わず救いたい。  作者: れさ
第4章 旅先で待つもの

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――第13話 悪趣味な大天使――

「……大天使の力を、見せてあげましょう」


そう言って、ガブリエルは、ほんのわずかに背筋を伸ばした。

その仕草は静かで、儀式めいている。次に起こることが、破壊ではなく“当然の結果”であると示すかのようだった。


彼の背後に浮かぶ――異形の赤子が、淡く光を帯びる。

人の形をしている。だが、人ではない。


胎児のように丸まったその身体は、白く、あまりにも整いすぎた翼を背負っていた。神聖さと不気味さが同時に存在し、見る者の感覚を狂わせる。皮膚の下では、心臓の鼓動とは異なる何かが、規則正しく脈打っている。それは生命の律動ではなく、裁定のために刻まれた“機構”の音だった。


次の瞬間。


――かっ。


閉じられていた不気味な瞳が、音もなく開いた。

その眼差しが向けられた刹那、地下駐車場は一気に光に包まれる。


白い。

だが、それは清浄と呼べるものではなかった。


救済を思わせる色でありながら、見ているだけで、存在そのものを測られているような圧がある。視線を受けた瞬間、自分という個体が、意味と価値を量られる対象へと変えられたかのようだった。


影が消え、

奥行きが潰れ、

距離という概念が、音もなく崩れていく。


空間そのものが引き伸ばされ、同時に圧縮されている。

まるで地下駐車場が、人の認識を超えた、ひとつ上の視座へと無理やり引き上げられたかのようだった。


耳鳴りが走る。

息が詰まり、肺がうまく膨らまない。

心臓の鼓動が、いつの間にか自分のものではなくなり、別の律動に支配されていく。


やがて。


膨張しきった光は、ゆっくりと収束を始めた。

白は畳まれ、現実の輪郭が慎重に戻されていく。


コンクリートの壁。

天井の配管。

地面に落ちる車の影。


まるで、最初から何事もなかったかのように。


だが、その不自然な静けさの中で。

ガブリエルは、ぼそりと呟いた。



「……テオス・エイミ」


それは、呪文ではなかった。

宣言でも、祈りでもない。


ただの――事実の提示。

そう呼ぶしかない言葉だった。


その一語が落ちた瞬間、空気が、ほんのわずかに沈んだ。圧が生まれたわけではない。音が消えたわけでもない。だが、確かに“前”と“後”が分かたれた感覚があった。


何かが始まったのだと、理屈ではなく、本能が理解していた。

理解させられてしまった、と言った方が正しい。


奇跡ではない。

救いでもない。


それは選択でも、願望でもなかった。


これは――

神を名乗る力が、世界に触れた、その痕跡だった。


 ――?



 祈は、思わず首を傾げた。


 何も起こらない。

 衝撃も、音も、空間の歪みもない。


 地下駐車場は、あまりにも静かだった。

 まるでこの空間には、悠斗たち以外は最初から存在していないと、そう宣言しているかのように。


 それは、間違いなく「平穏」だった。


 ……にもかかわらず。


 柱の陰が、揺れた。


 車の影が、伸びた。


 暗がりの奥、

 光が届かないはずの場所から――何かが、滲み出てくる。


 一つ、二つではない。


 影は、数を増やしていく。

 ぞろぞろと。

 音も立てず、秩序もなく。


 何十人もの人影が、闇の中から現れた。


 足並みは揃っていない。

 動きは、どこかぎこちない。


 だが、確かに「人の形」をしている。


「……」


 見間違いではない。

 幻覚でもない。


 静寂は、まだ壊れていない。

 それなのに、存在だけが増えている。


 祈は、無意識に一歩、後ずさる。


 ――理解できない。


 理解できないという事実そのものが、

 胸の奥を、冷たく締めつけていた。


「……そんな……」


 思わず、祈の口から声が漏れた。


 だが、それは――

 何十もの影が現れたこと、その数に驚いたからではない。


 祈は、つい先ほどまでに、

 この地下駐車場全体をアナライズしている。


 生命反応。

 術理反応。


 確認できるものは、すべて洗い出したはずだった。


 それにもかかわらず。


 今、目の前に現れている人影は、

 一切、検知に引っかかっていなかった。


 ――存在していなかったものが、

 当然のように、そこに立っている。


 その事実が、

 祈の理解を超えていた。


「……これは、いったい……どういうこと、でしょうか」


 祈の声は、わずかに震えていた。


 悠斗は、答えずに人影を観察する。


 一人、また一人と、視線を走らせる。


 生気はない。

 呼吸も、意志も感じられない。


 ふらふらと身体を揺らし、

 立っているというより、支えられているような動き。


 ――生きている、という感じがしない。


 さらに。


 その装束は、統一されていなかった。


 天啓和合会の者だけではない。

 ネザーヴェイルの人間も、確かに混じっている。


 敵味方の区別なく、

 同じ“状態”で並んでいる。


「……まさか」


 悠斗は、低く呟いた。


「……反魂……いや、違う」


 悠斗は、現れた人影から目を離さずに言った。


「これは――死者を操っている。

 ネクロマンサー、か」


 その言葉に、はっきりとした嫌悪が滲む。


「……なにが大天使の力だ。

 死者をもてあそぶなんて、趣味が悪すぎる」


 吐き捨てるように続ける。


「どこが、聖なる力なんだ」


 それに対し、ガブリエルは少しも気分を害した様子を見せず、

 むしろ穏やかに、諭すように口を開いた。


「これは、信仰の力です」


 淡々と、しかし誇らしげに。


「我が信徒たちは、死後ですらトマ様に忠誠を誓っております。

 そして――ネザーヴェイルといえども……

死後、トマ様に救われ、忠誠を誓い、我が同胞となった者たちです」


 ふらつく死者たちに、慈しむような視線を向ける。


「どのような人間であろうと、救いの手を差し伸べる。

 トマ様の懐の深さには……感激するばかりですね」


「……」


 その言葉を聞いた瞬間。


 祈の表情が、はっきりと歪んだ。


「……ガブリエル」


 低く、怒りを押し殺した声。


「あなたの力……反吐が出ますね」


 言葉遣いが荒くなる。

 それは、祈が本気で怒っている証拠だった。


 魂を縛り、

 死後ですら意志を奪い、

 信仰という名で利用する。


 こんな行いが、許されていいはずがない。


 魂を操るというアーサーのリネアは、

 根本から悪質だ。


 それは救いではない。

 赦しでもない。


 ただ、

 支配を“美しい言葉”で覆い隠しているだけだ。


 地下駐車場に立ち並ぶ死者たちは、

 その歪んだ信仰の成れの果てだった。


「あなたがたも、いまから迷える子羊たちと共に信徒になるのです」


 ガブリエルの声は、穏やかで、確信に満ちていた。

 説教のように、祝福の言葉のように。


「祈りを捧げなさい。

 ――われは神なり、われは主なり。テオス・エイミ……」


 最後の言葉が、地下駐車場に低く落ちる。


 次の瞬間だった。


 ふらふらと揺れていた人影たちが、同時に立ち止まる。

 まるで、糸を引かれた操り人形が、合図を待っていたかのように。


 ――光。


 一斉に、空中へ術式陣が展開される。


 円環。

 幾何学模様。

 無機質で冷たい、無数の術式陣。


「……っ!」


祈の声が、わずかに裏返った。


「悠斗様、これは……」


その先を、言葉にする必要はなかった。

ざっと周囲を見渡しただけで、状況は嫌というほど理解できる。少なく見積もっても三十。かつて術理士だった者たちが、全方向から銃口のように術式を構え、こちらへ向けている。視線は定まっておらず、意思も感じられない。ただ“発動するための器”として並べられた存在だ。


逃げ場はない。

遮蔽物も、死角もない。


地下駐車場という閉鎖空間が、そのまま処刑場へと姿を変えていた。天井の低さ、柱の配置、出口の位置――すべてが逃走を否定する条件として、今この瞬間に牙を剥いている。ここは戦場ですらない。一方的に終わらせるために用意された場所だ。


祈は、無意識のうちに一歩、悠斗の前に出ようとした。

庇うつもりだったのか、盾になろうとしたのか、自分でも分からない。ただ身体が、そう動こうとした。


だが、その足は、途中で止まった。


――無理だ。


これだけの数。

しかも、一斉発動。


視線を交わす必要も、合図もない。ただ同時に、同じ瞬間に、術理が放たれる。その規模と密度は、個々の力量を問題にしない。数そのものが、すでに暴力だった。


プロテクトでは、持たない。

どれほど層を重ねても、押し潰される。


回避も、不可能。

この空間では、避けるという概念そのものが成立しない。


生き延びる方法は、ただ一つだけだった。



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