転生モブ令嬢は、辺境の地までゲームに参加しない・2
聞けば、レイノルドが去った後には少々武官をつけてもらったらしい。さすがに王族なので、全く無防備にも出来なかったようだ。
今は希望者が領地の兵としてきているが、王都へ帰りたがる者もでて士気も落ちているとか。
一応は王領だったので、小規模な町はある。もっとも文官がそれほど必要な規模でもない。必要なのは実際に現場で働く開拓民で、それを保護しながら魔獣を狩れる兵士だ。
それらは領主が直接雇う者でなくても良い。だがまず何よりも人数がいなくては、領地として成り立たない。
たぶんリチャードの想定した状況とはズレが出ているのだろう。当初の、フォスティーヌと結婚して侯爵家を興す場合よりいろいろな意味で『下がる』のはわかっていたはずだが、ここまで何もかも足りなくなるとは思っていなかったということか。
彼は、レイノルドにも自分の元に戻ってもらえないか相談したかったらしいが、さすがにその要望が難しいこともわかったようだ。
「一度、きちんとした経路で王宮とご連絡を取られた方が良いですよ。意図が正しく伝わっていないように見受けられますわ」
きちんと公式な経路で申請すれば、時間はかかるがそれなりに理屈の通った回答が得られるはずだ。大概は縁故で手軽な情報収集しかしないのだが、社交の出来ていない今のオルソン伯爵家では難しい。現に側近兼友人だった相手に騙されている。
「スレイ・ケインズは、あてにしない方が良いかもしれませんね。……マリエル嬢も、要らない噂を流されたのではなかったですか」
「そうですね……」
婚約を断った後で、単純に逆恨みされたのか「マリエル・フォジェールは実父と異母姉を陥れた悪女である」という噂が出たことはあったが。その時点でマリエルは既に王都にいなかったし、チェルシーたちの醜態が知れ渡っていたので、真に受ける者もなかった、とスザンヌたちから報告を受けている。ついでに言えば、そんな見え見えの八つ当たりもばれてスレイ自身の評判も地の底を這っているらしい。
「そこまで恨まれる覚えはないのですが」
「……あれは、頭は良いしその自負もありましたが。その分、他責思考というか……自分が上手くいかないのは他の人間のせい、と思い込むところがあって」
ぽつぽつ語るレイノルドに。アールも苦笑混じりで頷く。
「そうですよね。ある程度親しくなってしまえばそうでもないのですが、僕なんか平民だからって最初は相手にもされませんでしたから」
端から見ている限りでは普通に仲が良さそうに見えていたアールに対してさえ、そうだったという。それでは、最初の予定通りリチャードが臣籍に下ってもその家臣となるには不適切だったかもしれない。
フォスティーヌと結婚していれば侯爵家くらいを興した可能性が高いが、それでも領地は平民が大半だ。実務に当たることになっていれば、当然そうした者たちと接触するわけで、相手を下にみていれば領地運営も上手くいくとは思いにくい。
「だからご自身も王宮で勤めたいと思われたのかもしれませんね。王宮の文官にも平民の方はいらっしゃいますが、難関をくぐり抜けてきた優秀な方ならおそらく許容範囲なのでしょうし」
「ああ、うん……そうかもしれないな」
そもそも王宮で働けるレベルの平民出身者は極めて僅かで、基本的には貴族子弟だ。それなら多少優秀ではなくても突っかかったりはしないだろう。
「何をこじらせておられるのか、存じ上げませんが。距離を置かれたのは却って良かったのかもしれませんね」
学園ではそれなりに人気もあったスレイだが、実社会ではそうもいかなかった。本人が自分の力量をわかっていなかったことも含め、ある意味リアルな話ではある。
それ辺境伯である祖父は、ある程度希望する条件をまとめてきたら話をしても良い、との結論を下した。それでリチャードたちも納得し、再訪を約束して自分の領地へ帰っていった。
「……お騒がせして、申し訳ない」
「あなたが謝ることでもないでしょう」
レイノルドはしょげているが、彼に責のあることでもない。どちらかと言えばリチャードの見通しが甘かったというべきだ。王族であること、のアドバンテージを本人が理解していなかったというか、どれだけ優遇されているかを図り切れていなかったというか。まあその立場に生まれつきいた彼は、それ以外を知らなかったので無理もないとはいえる。
本来、その辺りをフォローするための側近だったはずだが、レイノルドは武力特化で元々政治的に役立つ部分はない。また今リチャードの側に残っているアールも、出自は平民で技術はあるが社交要員にはなり得ない。その辺りはスレイと、侯爵令息ディビスの役割だった。
だがスレイは王都から離れることを拒んで彼の元を去り、ディビスはリチャードが婚約を解消したフォスティーヌと新しく婚約を結んだので、さすがに距離を置いた。
「スレイはともかく、ディビスとは連絡がつかなかったのだろうか。他家とのやりとりは彼が得意だったのだが」
「さすがに、元々オルソン伯爵の婚約者だったフォスティーヌ様と婚約された方とは、連絡は取りにくいのでは……?」
「……『円満解消』、とおっしゃっていたのだが」
「表面上はそう言うしかないでしょう。……正直なところ、お二人が婚約を結ばれたのは早すぎたように思いますね」
『円満解消』の後、フォスティーヌがディビスと婚約を発表したのは半月も経たないうちだった。解消を教える際の彼女の様子も、全く悲壮感のない朗らかなもので。双方納得づくでありかつフォスティーヌ自身の希望も通ったものだった、と見るのが妥当だろう。
その『希望』がディビスとの婚約だった可能性もそれなりにはありえる。彼は特に女性には人気だったが、確か婚約者はいなかった。あちこちの女性と浮名を流しはしても、元々特定の相手がなかったために見過ごされていたわけだが。
かといって実はひっそりフォスティーヌと好を結んでいた、と思いにくい。フォスティーヌの方はともかく、彼はそれほど殊勝な人物ではない、というのがマリエルの判断だ。
別に親しくしたわけでもないが、にこやかに愛想良くしていても相手を利益で判断するタイプに見えた。ちなみに前世のゲーム記憶だと、チャラ男に見せかける腹黒という解釈もあり。基本は「愛に飢えたチャラ男(試し行動あり)がヒロインの無償の愛にわだかまりが解け、熱愛カップルになる」というルートだった。正直好みではないが、そこそこファンはいた。
この現世でも、彼を囲んできゃあきゃあ言っている女子学生もそれなりにはいたが。その誰も恋人は希望しても婚約者、結婚相手には望まなかったようだ。侯爵令息とは言え、嫡男ではない彼は爵位が望めない。その意味で、結婚相手には不足と判断されたのだ。
当人もそれは理解していたからこそ、婿入りできる有力な家の貴族令嬢を見繕っていたのではないだろうか。その目論見自体は、咎められるものではない。自分が自立するための計画を立てることもそのために動くこともむしろ立派な志といっていい。ただちょっと、恋愛沙汰という意味では不純であるという程度。ただ恋愛ゲームの世界なら、攻略対象外とされかねない振る舞いだ。
『それ』がフォスティーヌにどう作用したかはマリエルにもわからない。彼女としては、彼女なりに彼に好意があっての婚約だったように見えていた。恋に目を眩まされた、と言えるかもしれない。
例えその思い入れが晴れても、二人の婚約はどちらの家にとっても問題ない、いわば『妥当』な婚約にもなった。となれば、ディビスもリチャードの元へ戻る意義はないし、つながりを保つ意味もほとんどないのだろう。
薄情なようだが、ある意味貴族らしい振る舞いとは言える。彼としても、侯爵令嬢との婚姻はかなり有益で附属爵位の授与も見込めるのだから。それだけの能力もあるだろう。
ただし、フォスティーヌの方に問題があるかもしれない。これはマリエルの勝手な見方、思い込みの可能性もあるが、彼女は若干夢見がちなところがある。リチャードとの婚約も政略的なものだったが、『貴族としての義務は弁えています』『私が耐えれば済むこと』と、被害者ムーブがあったらしい。マリエルも後から聞いた話だが。
前世ゲームでのフォスティーヌは、立ち位置としては『悪役令嬢』だが、そこまで攻略の邪魔はしない。リチャードルートに入ると、折りに触れ『こんなこともご存じないの?』だの『下賎の身は度し難いですわね』だの嫌味を言う程度で、実力行使も辞さないレイノルドルートの悪役令嬢チェルシーに比べたら穏やかなものだった。
リチャードの攻略に成功すると、フォスティーヌは婚約を破棄して(何故か解消にはならない)別の相手と婚約する、という描写はあるがその程度でしかなかった。チェルシーが一家まとめて断罪されるのに比べたら、かなり扱いに差がある。そこまであくどい振る舞いはしない、と言うか本当に政略結婚で思い入れがなかったのだろう。
今生ではどうなのか、マリエルも詳しい事情までは知らないが。フォスティーヌの様子から判断する限り、リチャードに思い入れがあったわけでも彼との婚約に固執していた風でもない。
むしろ、ディビスとの婚約にはしゃいでいた様子を思い起こせば、彼女にとってはむしろ望ましい縁談だったのかもしれない。その辺りも何の確証もないので口には出さないが。
「オルソン伯爵にしても、王都のあれこれにしても、辺境伯領には直接関わりないことですものね。今回のように直接いらっしゃるのは仕方がないとして、後は影響が無ければ触れずにいきたいところですわ」
溜息混じりに慨嘆するのは、マリエルにとっての本音なのだが。情勢的に、完全に無関係とはいかないのが悩ましいところではある。
数ヶ月の後に、王都の社交界ではフォスティーヌが婚約者のディビスの不実をなじる騒ぎが起きた、と友人たちが知らせてきた。正直なところそれを知らされても対応することもないのだが、まあはっきり言ってしまえば些か呆れた。フォスティーヌとその夫には、彼女の実家が有する爵位を与えることになっていたが、王族のリチャードと侯爵家のディビスでは与えられる爵位は自ずと違ってくる。フォスティーヌ自身も侯爵夫人の見込みが伯爵夫人になるのだから、先行きが変わるのは当然だ。だがそれを彼女もわかったつもりでわかっていなかったようだし、ディビスも彼女を理解しないまま婚約前と同様に女性からの情報収集を続けていたのだろう。
王都の友人たちもそれは承知していて、フォスティーヌが判断を間違えた可能性が高いことを語ってきたが。マリエルは、辺境伯側としては距離を置くこと、間違ってもディビスの声かけに対応する者が派閥から出ないよう、注意を徹底させる程度にとどめた。
しかしこれが意外に功を奏したらしく、後にフォスティーヌの実家の侯爵家から内密ながら謝意を示された。曰く『辺境伯が動かないことを選択されたので、分家を興すフォスティーヌとディビスを諌めることができた』と。祖父の辺境伯からも、『良くやった』、とは言葉をもらえたのでマリエル的には安堵した。
そしてそのやりとりを間近で見ていたレイノルドも思うところはあったらしい。




