転生モブ令嬢は、辺境の地までゲームに参加しない
マリエルに遠い領地から手紙が届いたのと同じ頃。レイノルドにも同じ差出人からの手紙がきたという。
「リチャード殿下から?ああ、もう『殿下』ではないのでしたっけ」
意外と言えば意外ではあるが、共通の知人は他にいないという意味では当然かもしれない。
「今は伯爵位を得られたそうだ」
本来、というか、学園入学前の予定では侯爵令嬢を娶って公爵になることになっていた。大幅にその予定はずれたわけだが、当人は納得しているようではあった。
ただ、与えられた領地の統治はあまり上手くいっていないらしい。もっとも彼に与えられた領地は、誰がいってもあまり栄えるとは思いにくい、開発もまだまだで経費もかかる割に儲けが出ない土地だ。
せめて栄える土地へ通じる街道でもあれば良かったのだが、その整備にも金がかかる。前に聞いたときには、領地にある小さな港を整備して交易に使うつもりだといっていた。近接するリラの実家が有していた領地から、海へ出ていたと言うのを参考にしたのだろう。
ただ、この国では海洋貿易は盛んではない。リラの実家の男爵は結局失踪したままだし、妻子も行方知れずになって操船技術の詳細を知る者も見つからなかった。
その後どうしたのか、結局聞くこともないまま領地に戻った。そこまで興味があったわけではないが、結果はちょっと気になる。
「私には、領主である祖父に会いたいので約束を取り付けたい、とおっしゃっていますが」
「こちらには、単に会って久闊を叙したい、という程度のことだったが」
問いかけるマリエルに、レイノルドは不思議そうだ。彼が学園を卒業する際、実家と絶縁するときも一応リチャードには報告したそうだが、特に咎めるでもなくかといって先行きを案じるでもなく。「これまでありがとう」と謝意を述べる程度だったという。
学園時代に端から見ていれば、レイノルドと彼は主従を超えた友人のようだったが。実際は思っていたよりドライな付き合いだったのかもしれない。
「お祖父様には、おそらく交易とか申し入れされるかもしれませんが。レイノルドには、何のお話なのでしょう」
「さあ……正直、思いつかない。卒業の際も、これでもう会うこともないのだろうな、と言う言い方をされていたので」
「……思ったより淡泊ですね。割と親しくしていらっしゃったと思いましたが」
「……あれは、『親しい』というのかな。確かに長い期間側についてはいたが、必要以上に話すこともなかったし」
ぽつぽつ語るところによれば、もともとレイノルドは口数も少ない。幼い頃から騎士団の訓練に参加していたが、同じ年頃の子どももいなかった。もちろん父には人脈があったが、友人となるような子どもを紹介されることもなく。ある程度の鍛練を積んだ後は、リチャードの護衛として彼の側に置かれた。そこに至るまでに、レイノルド自身の意思は必要とされなかったし、本人も特に不満もなかった。
ただ、そういう育ちのせいでコミュニケーション能力は低く、リチャードや彼の側近たちと行動を共にしていても,特に友人として親しくしていたわけではなかった、らしい。少なくとも、レイノルド自身の認識としては。
「案外、リチャード様は友人とお考えかもしれませんね。あなたがこちらにいることを知ってお会いにになりたいだけかも」
「……だが、私はあなたの護衛だから。勝手に会いに行く訳にもいかない」
「交代でも構わない、と言ってますのに。まあ私も、久しぶりにお会いしてみたいです。ご一緒してもいいでしょうか」
「ああ、確認しよう」
妥協案を出せば、ほっとしたように頷く。
本当に、彼は自分で判断して動くことが苦手だ。それが育ちのせいなのか、元々の性格なのかはマリエルも知らない。ただこの年齢では、変わるのは難しいかもしれない。
ただ、変わらないなら変わらないでそれを他の者が補うことは出来る。何が出来て何が出来ないか、わかっていれば対処は可能なのだ。何もかも一人の人間ができる訳ではないのだから。
リチャードがやってきたのは、半月ほど経った頃だった。同行していたのは魔術師のアールで、妻になったリラはいなかった。
「ご無沙汰しております、オルソン伯爵。奥様はご一緒されませんでしたの?」
『オルソン伯爵』はリチャードに与えられた爵位だ。その爵位の元に、アールは雇われた形になっているらしい。従者、というか護衛も兼ねた開発要員といったところだろうか。
「久しいな、フォジェール嬢。……距離があるのでな、リラは留守居を頼んできた」
少々、リチャードはかつてより痩せたように見える。さすがにもう背が伸びる年齢ではないし、どちらかと言えばやつれた、というのが正しいかもしれない。
「まあ。それは残念ですわね、機会があれば、またお会いしたかったのですが」
マリエルにとってリラは友人未満知人以上、と言う微妙な存在だが。別に不幸になってほしいわけではない、素直で明朗快活な彼女のことはマリエルも嫌いではないのだ。
とは言え貴族女性としては、社交には向かないタイプだとも思っている。あまりに真っ直ぐな素直な性格は、裏を読むことが出来ない。マナーもそれほど身についていないし、そもそも貴族として育てられていなかったので、気性が政治には向かない。彼女を領地において社交界から距離を置かせた、その判断は間違っていないと思う。
まあ、リチャード自身も自分の立ち位置を理解しているかと言えば、必ずしもそうとは言えない。
「ところで……フォジェール嬢は、レイノルドとはどのような関係だ?」
「まあ、お知らせしていませんでした?今は、私の護衛に入ってくれているのです」
「正式に、領軍に加えていただいたので。傭兵としての経験も身になりましたが、私にはあまり向かなかったようです」
リチャードの問いにマリエルが答えると、レイノルドも補足してくれる。こうして会話に入ること自体、彼の遅すぎる成長の証かもしれない。
「そ、そうか……」
言葉に詰まるリチャードの様子に、付いていたアールが口を挟む。
「フォジェール嬢は、今は何をしてらっしゃるのですか?嫁ぎ先はこちらで?」
「まだ、縁談は決まっておりませんの。代わり、という訳ではないですが、領地の仕事を少し手伝っているところですわ」
にこやかに応じればアールもちょっと困ったような、言葉に迷う様子が見られる。
貴族令嬢が、通常の教育を終えた後でまだ婚姻が決まっていない、というのはかなり体裁の悪い話だ。少なくとも王都の社交界では、相当口さがない噂に晒されることになる。
「え、えぇとそれは」
「フォジェール嬢は学園でも婚約者は探していなかったのか……?」
「探さなかった、というか。適切な方と縁があればとは思っていたのですけれど、それがなかったものですから」
が、王都を離れた地方ではそこまで不名誉な話ではない。増してマリエルは『領地の仕事』を手伝う、いわば地方公務員。領主の親族であることも相まって、むしろ辺境領では名士だ。
「彼女は、文官兼任で公共工事の補助も入っているので。なかなか多忙で時間も取れないのですよ」
ぽつり、とレイノルドが言うとリチャードとアールは顔を見合わせた。
「あ、えっと……フォジェール嬢、土魔法でしたよね?」
「ええ、幸い辺境ではいろいろ使い道もあります。街道の補修や、土壌の改良。他にもできることが諸々ありましてよ」
にこやかに返せば、アールは微妙に引きつりながらも頷いた。
「そう、ですね……土魔法ならば、地方の方が活用されやすいかと」
「おかげさまで、好きにやらせていただいております。オルソン伯爵は、養父にご面会を希望されておりましたが、内容を私が伺っておくよう言いつかりました」
要は、マリエルを納得させる内容なら面会可能ということだ。臣籍に下った以上、王族の権威を振りかざすことはできないと、そういう意味の通達でもある。
「う、うむ。……恥を晒すようだが、話を聞いてもらえるだろうか」
さすがにリチャードもそのことは察したのだろう。気まずそうにしながら話しだす。
ただその内容は概ね予想できたものだった。
彼に与えられた領地は、到底豊かとは言い難い。開拓の余地はあり、そのための投資も王宮からは見込める。しかしそうして資金を投入するほどの利益が出せるか、はリチャードの手腕次第といったところか。
ただ領地は栄えているとは言えず、人口も少ない。現時点では人を養う産業が無く、ささやかな農業と牧畜、小規模な漁業くらいしか行われていない。開拓民を募集することは許されているが、魅力が無ければ人を集めることも難しい。
「人を呼ぶには、どうするのが良いかを相談したいのだが」
「……人を集めるのは、その土地ごとでそこにふさわしいやり方があるのではありませんか?」
発展の手段を求める心情は理解できるが、それこそその領地ごとの特性による。この地で成功した方法が、リチャードの領地でも成功する可能性がないとは言わないが、あてにはならない。
「いや、それはわかるが……何か、参考になる意見をもらえないかと、な」
真正面から問いかければ、困った様子で視線をさまよわせる。へどもどしながらリチャードが白状したところによれば、彼なりに努力はしたようだ。
実家、というか王家に相談し、国王陛下ならびに王太子殿下に助力を願ったが、まずは自身でもう少し手段を探すよう諭され。母親の王妃殿下は実家の侯爵家を紹介してくれたが、元々栄えていた彼の領地は参考にならない。宰相府にも話を持っていったが、『どこも大変なので』と素っ気なくあしらわれたそうだ。
「それは少しおかしいですわね。……オルソン伯爵は、スレイ・ケインズ卿と親しくなさっておられましたでしょう」
「は、……えぇ。その彼から、そう言われたのだが」
「あら。でも、あの方は文官試験に落ちて宰相府に入れなかったと伺いましたが。あの後再度試験を受けたのかしら」
宰相はその辺り、家族でも縁故を許すタイプではない。同じ条件なら手心を加えることはあるかもしれないが、試験に落ちた際はかなり厳しく叱責したとも聞く。その後どのような地位を得たのかは聞いていないし、そこまで興味はないが。
「ケインズ卿を領地で雇うことは考えられなかったのですか?」
「……声はかけたのだが、本人は王宮の文官としてやるから、と……その、試験に落ちたとは、本当か?」
「私どもも聞いた話ですので……正確か、は。ただ王都にいる、うちの派閥の者からの情報なので、それなりの精度ですよ」
未だに、彼女の友人たちは王都に暮らしている者もいる。そちらの情報は国内情勢に直結するので、派閥としては必要不可欠なのだ。辺境伯は中央の政治に関わることは基本ないのだが、かといって全く伝手がなければ時に要らない負担を負うことがある。また国内の他地域で不作や災害があったときの対応など、中央につながりを置いた方が良いことが多い。
リチャードも、新しく家を興した以上そういう意味での社交は本来必要なはずだった。それを補うのがスレイ・ケインズの役割でもあったはずだが、本人はそれを拒んで絶縁。地方に行っては出世が見込めないと思ったのかもしれないが、文官試験に落ちるくらいなら町屋敷の家令としてでもオルソン伯爵家に入った方が良かったのかもしれない。
一方のリチャードも、彼を失ったことで社交には大きく痛手となっているようだ。もう一人,社交に長けていた侯爵令息は、かつての彼の婚約者だったフォスティーヌと婚約を結んだので、今更縁もつなげまい。
リチャードは決して無能な人間ではない、政なら十分な才覚がある。しかし一人では小さめとはいえ伯爵領を回せないだろうし、これまで根回しや社交を任せてきた側近が抜けた穴を埋められていないのは仕方がない。
人材も領民も、結局人が足りないのだから、相談すべきは王家だろう。




