転生モブ令嬢は、辺境の地で忙しい・5
「はっきり言って似たもの同士ではないかしら」
ライラはそう笑うし、マリエル自身も否定はしない。相手のレイノルドがどう思っているかは知らないが。
「しばらくは護衛につけて下さるのでしょう?」
「その予定よ。……だからといってあまり無茶はしないようにね」
「しませんわ、今までだってそんな無茶をしたことがありまして?」
実際、マリエルは自分で無茶をしたことはない。ただまあ、状況的に厳しい中で目的を遂行しかつ我が身を守るためには、大胆な振る舞いも必要だった。人がそれを『無茶』と呼ぶことはあるだろう。
自覚はあるが、その辺りを口に出さないだけの分別もある。
「正直、マリエルのことはあまり心配していないのよ。エリックやお父様お祖父様もそうだと思うわ」
ライラの言葉にマリエルも頷く。よくも悪くも、自身の能力を存分に発揮して行動する彼女に、上層部かつ身内は苦言を呈することもない。案じて護衛をつけたり組織をいじったりはするが、その行動力を認めてくれている。おそらく、結婚についても本人が望んだ相手なら認めてくれるだろう。それがレイノルドである必要性はない。
ただレイノルドの方は、先行きが見えない。今はその能力が買われているが、傭兵という職業柄いつ怪我をするかもわからない、そうでなくともある程度の年齢を越えては続かない仕事だ。それでもまだ、貴族子弟として教育を受けていたので、その後も何らかの職に就くことは可能かもしれない。
ただ、彼の不文律的特別扱いを察している者としてはおもしろくなかったのだろう。
レイノルドたち元傭兵団の中で、内輪もめが起きたと聞いたのは彼らが編入してから半年ほど経った頃だった。実際のところ、傭兵団の編入に当たって衝突は予測されていたが、ちょっとその表れ方が想定外だった。
「うちの領兵ともめるかと思ってたんだけどなあ」
「ありゃあ、むしろ傭兵の中でも新入り連中だろう」
伯父たちによれば、領軍に属する兵士たちは、概ね傭兵団の業績に敬意を払っており好意的だという。特に古株の、経験が豊富な者ほど「見所がある」「なかなかの手練れだ」と評価が高いとか。
それに対し、今回レイノルドに喧嘩をふっかけたのは、傭兵団でも経験の浅い者たちで。レイノルド自身よりも後から傭兵団に加わった者ばかりだったらしい。
「それでは、傭兵団でも相当新入りなのでは?」
レイノルドだって、学園を辞めてから傭兵になったのだからまだそれほど長い経歴ではない。その彼よりも参入が遅かった、ということは本当に新人も新人ではないのだろうか。
マリエルの疑問に伯父たちは苦笑する。この伯父たちも、傭兵団と同じくレイノルドのことは評価しているらしい。実際に腕が立つことはもちろん、振る舞いを弁えているところ、若い割に妙にがっついていないところが良い、らしい。
「どうもそれが却ってそいつらの気に障ったようでな」
対照的に、喧嘩をふっかけた方は野心満々で成り上がりたくて傭兵稼業に就いた者たち。だがその技量はレイノルドに比べれば明らかに劣り、傭兵団での先輩たちや配属された領軍でも持て余されていたらしい。腹立ち紛れにレイノルドの悪評をばらまいても相手にされず、鬱憤をためてとうとう直接本人にぶつけて今回の諍いになったようだ。
「ま、使えん連中だったからな。組織内での私闘禁止を無視、しかもそれで持ち込んだ対戦でも全員ボロ負けで懲罰代わりに巡回業務だ」
もっとも上層部に話が回ってきた時点で、既に終わった話になっていた。喧嘩をふっかけた方は公衆の面前でボコボコに負けて懲罰的な異動対象になり、辺境の中でも更に辺鄙な、そして魔獣討伐の絶えない地域の巡回に回されている。魔獣は多いがまだ開発できる余力がないので、増えないように調整している区域だ。
それで一応は片がついたのだが。
「何でだか、レイノルドの方がずいぶんと気落ちててなー」
「あら」
祖父の元で領軍を預かる伯父が言うには、もちろんレイノルドは優秀な兵士だ。傭兵、というより育ちのせいか騎士としての戦い方が慣れている。それでも数年で傭兵団をまとめる人間になるほどには、腕が立つ。
実際マリエルが知る学生時代の彼も、当時は学園内最強の騎士と言われていたはずだ。歴代でも最上位とまで。それは剣の腕に限った話ではなく、安定した精神にもよる、とも。
だがしかし、今回の彼の動揺を見て上層部ではその判断を撤回した。要は学生時代の彼は、周囲に溶け込んでいるようでいて全く興味を持っていなかったのではないか、それ故に動揺することがなかっただけでは、と。
「だが、先々を考えた時はその方がいいのかもしれん。真っ当な人間として、周りに興味関心がないというのは、ちと危なっかしい」
伯父たちの意見も、マリエルにはわからないでもない。学生時代、というか実家にいた頃のレイノルドは、無意識だろうが母親の影響が強かった。真面目で優秀な騎士たり得たのは、その母親が望む姿だったから、というのが一番わかりやすい。
仕えていたリチャード王子や他の彼の側近についても、傍から見れば友人に見えていたものの、実際はどうだったのか、よく分からない。マリエルが学園を卒業するまでは、彼らと言葉を交わすこともあり、稀にレイノルドの話が出たこともある。だが卒業と共に貴族籍を離れた彼は、その『友人』たちにも全く連絡しなかったらしい。誰にとっても、音信不通だった。
その辺り、マリエルもちょっと気になってはいたので。
「レイノルド。リラさんから手紙が届きましたのよ」
レイノルドが辺境領に傭兵として来たことは、本人確認の上リチャードに伝えてある。彼の方は、護衛であり友人でもあるレイノルドを案じていたそうで、その報告をとても喜んでくれた。そしてリチャードと結婚したリラはと言えば、レイノルド個人に思い入れがあるわけではなさそうだが、こちらも元気にされてるなら良かったですね、という程度の反応だった。
ただ、あまり直接的な接触はなかったように見えても彼女は主人公。レイノルドも何らかの思い入れがあるのではないか、と名前を出したのだが。
「……済まないが。あなたのご友人からの手紙が、何か?」
困ったように問い返されてマリエルも困惑する。
「……リラさんですってば。……リチャード殿下とご結婚なさった」
「……ああ、彼女のことだったのか」
重ねて説明すれば、ようやく理解したように返されてため息を吐きたくなってしまう。
確かにレイノルドは『攻略対象』としては『主人公』との距離はあった。ゲーム的に言えば、攻略率の低いいわばターゲットとしては除外されていた状態。
とは言え、婚約者のチェルシーがぎゃあぎゃあ騒ぐくらいの接触はあったし(彼女が理不尽な性格だったのはあるが)、護衛対象と婚約するほど親しくなった相手だ。
にもかかわらずこの反応で、本当に相手に興味がなかったことがわかる。明らかに、『攻略対象』としてはミスキャストだ。
ゲームの中では、レイノルドはひたすらに真面目な騎士でそれでも交流を重ねるうちに優しさや気遣いを見せるようになっていったはず、なのだが。もう、マリエルも前世の記憶はかなり曖昧になってしまっている。
それでもさすがに、これはないだろうと思う。逆に言えば、到底女性向け恋愛ゲームの攻略対象になり得ないこのレイノルドが存在するこの世界は、前世で見た乙女ゲームの世界ではない、ということかもしれない。
「すっかり忘れていらっしゃいましたの?それなりに親しくしてらっしゃったように思いましたけど」
「親しかったのは、リチャード殿下だったので。私は特に親しくしていたつもりはないが」
「……チェルシーさんもずいぶん怒ってらしたけれど」
「……あの人は、本当に意味がわからなかった」
出した名前に珍しくレイノルドは眉を寄せた。あまり表情を動かさない彼が、あからさまに困った顔になる。
「婚約者でしたのに?」
「いや、却ってそのせいかもしれないが。まともに話が通じたことがない。最初に引き合わされた時から、一度も理解できなかった」
チェルシーがヤバい電波系であることはマリエルも承知していたが。学園入学前から付き合いのあったレイノルドにとっては、それでも何一つ理解できない、いわば異星人だったらしい。この世界にその概念はないが、同じ言葉を話しているのに思考が全く理解できない、よって立つ基盤そのものが異なっているとしか思えない存在。
母親だけでなく、婚約者も彼のトラウマになっているらしい。ちょっと気の毒な気はする。少なくとも女運が悪いのは確かだ。
「……あの方は、ちょっと普通ではありませんでしたから……その分、リラさんに好意をお持ちになられたのかと思っていましたわ」
言ってはみたものの、レイノルドの表情は冴えない。
「彼女と挨拶をするだけで、チェルシー嬢が騒ぎ立てるので……あまり、他の女性と接点を持たないようにしていた」
「……お疲れさまでした」
済んだ話、とはいえ未だに精神的な傷として残っているようなので。あまりつつくのもどうかとは思うが、しかしこの先を考えると、消化できるようになってほしいとは思う。難しいかもしれないが。
それがきっかけになって、マリエルとレイノルドはぽつぽつ個人的な話もするようになった。
どちらかと言えば、マリエルとしてはカウンセリングのような気持ちである。もっとも専門知識があるわけではないので、彼の気持ちの整理に付き合っているだけだが。
元々真面目なレイノルドとしては、思うところもあったのだろう。それを発散するすべも今まではなかったが、家を出て貴族としての籍も抜けたことで却って身軽になった感は否めない。
結果として傭兵としての生活に馴染み、同じ傭兵たちともそれなりに仲良くやっていた、つもりだったらしい。それでも、思うところすべてを明かせるほど親しくはなっておらず。
その結果として、思いもかけない誹りや妬みを受けて領軍の風紀紊乱、ということでレイノルドも叱責を受けてはいる。
ただ、彼には領軍の上層部も比較的同情していて、それ以上の懲罰はなかった。マリエルがこっそり伯父に聞いた限りでは、『ようやく友だちができるとでも思ったんじゃないか』と不憫がられていたそうだ。




