第六十ニ話【解決へ向けて】
森に潜む生物について、今後どう対処すべきか───
ケンタに描いてもらった絵と情報。
グリンはそれをラティに渡し、これまでの経緯を説明した。
「この生き物がなにか…姐さんは分かったりします?」
「うーん、私は見たことないけど…。これが森に潜んでるってことなのよね?」
「らしいです。姿を確認したワケじゃないですが、嗅いだ覚えのない歪な臭いと、その存在は確かに感じたので」
「そうなのね、森から怪しい叫び声が聞こえてくるっていう相談は受けてたけど───」
「なら、何かしらの手は打っているので?」
ジューロが聞くと、ラティは首を横に降る。
「いいえ…。森に近付くのを禁止にしたりはしていたけれど、直接的な手出しは出来てないの」
「出来てない…ですか?」
してない…ではなく。出来てないという言い回しが気になったようで、リンカも思わず疑問を口にしたようだ。
「ふむ、ワケがあるなら聞いておきたいでござんすが」
「そうね…、ちゃんと話しておいた方がいいわよね。アナタ達に頼まないといけなくなった理由でもあるし、どこから話そうかしら…」
少し思考を巡らせた後、ラティは改めて話を始めた。
「この相談を受けてから、この区を統括してるリニクト様───ええと、貴族の人なんだけどね」
「リニクト様?…って誰でござんしたっけ?」
最初からジューロが話の腰を折り、ケンタを除いた全員がズッコケそうになった。
フレッドはズレた帽子を被り直すと、呆れたようにジューロの肩に手を置く。
「おいおい….ジューロ、覚えといてくれよ。作業服のサイズを調べてた時、来てたオッチャンが居ただろ?」
「んむ?…ああ!あの方でござんすね?確かチーネさんに助けられたとか」
「そうそう、その人。産業関係のお偉いさんでもあるからさ」
「左様でござんしたか!憶えておきやす。確かあの時、怪我もしておりやしたね」
「そういうのは憶えてるのな?…まぁ、俺も気になる銃創を見たから覚えちゃいるが」
フレッドが頷きながら応えていると、ラティがコホン!と咳払いをして注意を集める。
「…二人とも、話を続けていいかしら?」
説明の最中というのに話が反れてしまっていた。
良くないクセだとジューロは反省する。
「も、申し訳ござんせん」
「すいません姐さん…、つい」
「まったくもう。…とにかく、放っておくワケにもいかないし、そのリニクト様に相談したのよ。森から聞こえるてくる声に関して、農家の人達が不安に思ってるし、万が一という事もあるからって」
「ふむ…」
「リニクト様はそれを受けてくれてね、さっそく王宮に向かったの。森の調査、必要があれば討伐───これらを騎士団にお願いする為に」
「なるほど。つまり今、騎士団が動いていないという事は、取り合って貰えなかったと」
「そうね…、王様の耳にそれが届いてなさそうなのが問題だけど」
「というと?」
「王様への謁見を申し入れても、イコナがそれを止めてるらしくて」
───王様への謁見を止めている?
そういう事をして何の得があるのか、ジューロには理解が出来なかった。
「…むぅ。しかし、そういう事は個人の独断で止めれるモノなのでござんすかい?止められたとしても別の方に頼んでみるとか」
「そうね…。ジューロくんの言うように、他のツテを使って王様に繋ぐって考えは、普通にアリなんだけど───」
ラティはそこまで言ってから大きなタメ息をつき、頭を抱えた。
「もともと政を主導していた大臣がいたんだけどね、彼が亡くなってしまったのが痛手で…」
「亡くなった?」
「えぇ、突然死したって聞いてる。原因は分からずじまいで検死にも回されてないし、不審なことこの上ないけど」
ラティが言うには、大臣とイコナは対立関係にあったそうだが、対立していた原因そのものはラティも聞いたことはないという。
イコナが王宮へ来てから、彼女は自分直属の騎士団を立ち上げたり、女神ルモネラを信仰する宗教を興したりと好き勝手やってたそうで…。
それを発端に対立したのでは?と、考えていることをラティは話してくれた。
そして大臣の不審死───
「その後釜として、今は王様の相談役にイコナが座ってるの。周りも完全に掌握されてるって…これはリニクト様から聞いた話だけどね」
「ふぅむ…」
政についてジューロは無知だが、これが異常な状況なのは何となく肌で感じる。
グリンも同じように感じたようで、言葉を挟んできた。
「ジューロ。そう言えばさ、僕らが図書館で調べものをした時があったよね?」
「む…。たしか、王都に避難したというラト族、その行方の手掛かり探しで」
「そうそれ、渡された資料に目を通したけどさ。ディリンク国との戦争後、イコナに反発した人達はみんな閑職に追いやられたり、左遷されたとかあったのが気になっててさ」
グリンの記憶通りなら、リニクトという人が言っている事は信憑性があるように思う。
それに現在の政は、女神の使い・イコナが取り仕切っていると司書さんも言っていたか?
なにか作為的なものを感じるが…、ジューロには関係ない話だ。
これについて、何か出来るワケでもない。
「なるほど。結局はイコナさんとかいう者を説得しない限り、王宮の助力は受けられそうにねぇ…ってことでござんすね」
森への調査、それが手出し出来ていなかった理由。
ジューロ達に頼むしかない状況なのは良く分かった。
「そういうこと、リニクト様は根気強く交渉してたのだけど…。流石に痺れを切らしてね、直接騎士団に嘆願しに行ったのよ」
「あの騎士団に…」
ジューロはイコナ直属の騎士団に、良い印象がない。
これまで騎士団とは何度か遭遇したが、彼女らの攻撃性の高さ、人を見下す高圧的な態度、そのどれもが関わりたくないと思わせるものだったからだ。
リンカやグリンも同様の気持ちなのか、渋い表情を浮かべている。
三人の浮かべた表情を見て察したのか、ラティは苦笑いしつつ話を続けた。
「当然それがイコナの耳に入ってね、後はアナタ達も知っての通り、リニクト様の所にイコナがやって来て、リニクト様が反抗的な態度をとった結果…攻撃を受けて怪我をした───」
…話は聞いている。
その後、チーネがリニクトを庇い、色々と面倒な事になったのが最近の出来事だ。
「そういうワケもあって、王宮の助力は期待できないし、しない事にしたの」
ラティが申し訳なさそうに言い澱むのを見て、フレッドが代わりに続ける。
「だから今回の件、俺たちで対処しようと考えてるんだ」
「僕らだけでですか?」
グリンが聞き返すとフレッドが頷く。
「ああ、危険な仕事はその道の専門家に任せたい所だが、厄介なことに冒険者ギルドはイコナのお膝元ってヤツでな…。すまないが、グリンとジューロの力を借りたい。無理強いはしたくないが…頼めないかな?」
何かを警戒しているような言い回しが気になるが、相応の事情があるのだろう。
それについては聞かない事にした。
「もちろん、僕で良ければ。ジューロはどうする?」
「異存ありやせんよ、人手は多い方がようござんしょう」
「ありがとうな、本当に助かるよ」
産業ギルドや農家の人たちには世話になっているし、彼らの安全の為にも出来る限りの助力はしたい。
そんな風に考えを巡らせていると。
「決まりですねっ、一緒に頑張りましょう!」と、リンカが締めくくりのような言葉を発してきた。
ジューロとグリンが思わず「「えっ?」」と驚いて視線を向けると、リンカのヤル気に満ちた顔が目に入ってきた。
───ひょっとして、また付いてくるつもりなのだろうか?
フレッドもリンカの言葉を聞いて、頭に?マークを浮かべながら首をかしげている。
流石のリンカも周りが固まった事に気付いたようで、その反応を不思議に思ったようだ。
「…あのっ、どうかしましたか?」
「えぇと、リンカさんはお留守番では?」
「えっ?なんでですか?」
本気で分からないといった感じで、素朴に疑問をぶつけてくるリンカに、ジューロは頭を抱えたくなる。
「…ほら、危ないでござんすし」
「はいっ!フレッドさんも言ってましたし、気を引き締めていかなきゃですね」
「左様なんだけどぉ、そういう事ではなくぅ…」
「?」
ジューロはラティへ目配せをした。
リンカが付いてこないよう、何とか説得して欲しいという、無言の訴えだ。
ラティも察し、リンカに声をかけようとした直前。
リンカは、ジューロがよそ見をした事を目を反らしたと勘違いしたのだろう。
ラティが言葉を発する前に、張り切った様子でジューロに声をかけた。
「…あっ!病み上がりで不安なんですよね?でも大丈夫ですっ!ジューロさんの面倒を見ようにって、ラティ姉さんに頼まれてますから」
「んぬ?」
元気付けようとした言葉なのは分かるが、勘弁してほしい。
自分ではなく、リンカが心配なのだ。
再びラティに助けを求めて目配せすると、今度のラティは静かに目を反らした。
(ちょっと…姐さん!?諦めねぇでおくんなさい!)
心の中で突っ込むが、心の声は届かなかった。
ジューロが返す言葉に困っていると、リンカが浮かない表情で、別の疑問を口にする。
「えっと。ひょっとして私、信用されてないですか…?」
「えっ?いや、そんなことはありやせんよ。あっしが一番信頼してるのは、リンカさんでござんすから」
リンカの顔がパッと明るくなるのを見て、ジューロはしまったと思った。
反射的に答えてしまったが、それはそれ!これはこれ!という言葉を続けるべきであった。
あーあ、みたいな顔をしながら様子を見守るラティに(うーむ、こんちくしょう)と心の中で毒づく。
「そういうわけで、お願いね!リンカもジューロくんが傍にいれば大丈夫でしょ」
「はいっ!」
…なんかもう、そういう運びでコトを進めるらしい。
ラティはリンカを焚き付けてた手前、あまり言えないのも分かるが、もう少し考えて欲しかった。
呆気にとられるジューロの肩に、ポンと手を置きながらグリンが首を振る。
「ジューロ、とにかく今は問題の解決に集中しよう」
「そうでござんすな…、頑張りやしょう」
色々と思うところはあるが、ジューロは観念することにした。
グリンの言う通り、どのみち問題は解決しなければならない。
それに、リンカは足手まといではない。
危険なことに近付いて欲しくないというのはジューロ個人のワガママであり、彼女が頼りになるのは事実。
問題解決の力になってくれるだろう…、複雑な心境だが。
「ご先祖もなんか…、大変みたいですね」
ことの成り行きを黙って見ていたケンタが、ジューロに一言だけ呟いた。
内容までは理解していないだろうが、それでも何となく心労が伝わったのかもしれない。
「…まぁ、よく考えたら。いつもの事ってやつで」
ジューロは苦笑いしながら、それだけ返した───




