第六十一話【森に潜む生物】
森で感じた妙な気配、歪な臭いを持つ生き物───
ケンタはそれを目撃したことがあるようだ。
彼が森で見掛けた生き物の絵を描く…という提案に乗ることにして、グリンは紙と鉛筆を持ち出してくる。
「とりあえず、これで良いかな?」
「はい、使わせてもらいます」
紙と鉛筆を受け取ったケンタは、サラサラと紙に鉛筆を滑らせるように描いていく。
ジューロ達が見守る中、ケンタが絵を描き進めると、少しずつ紙の上に生き物の絵が浮き上がってきた。
つるりとした鱗、丸い頭頂部から背中にかけて長い髪のように伸びた毛。
口が裂けたように大きく、鋭い牙がそこからのぞいていて、まるで爬虫類を思わせる顔をしている。
猫背で細身…だが筋肉質で、その細身に似合わぬほど異様に太く発達している片腕が目立つ。
足元の枝分かれした三本の指が、まるで根を張るように大地を踏みしめ支えている。
一見するとバケモノにしか見えないが、ボロボロとはいえ、服のようなものを身に付けているのが気になった。
───害獣ではなく、モンスターの類だろうか?
ジューロに判断はつかないが、グリンならばコレを見て何か分かるかもしれない。
グリンは故郷でレンジャーをやっていたこともあり、それなりに害獣やモンスターについての見識がある。
「なんだろ、竜人に見えなくもないけど…。こんな異形じゃなかったと思う」
グリンは絵を見て頭を捻った。
「グリン、竜人って何でござんす?」
「えーと、僕みたいに獣の特性を持った人を獣人って言うだろ?それと同じで竜の特性を持った人の事を竜人って呼ぶんだけど…。ジューロは竜って分かる?」
「なるほど!知っておりやすよ、おとぎ話の生き物で───さすがに実物を見たことはありやせんが」
「そ、そうなんだ。でも竜を知ってるならイメージしやすいかな…、おとぎ話は大げさだけど」
グリンと話している間、リンカも何かに気付いたようで疑問を口にした。
「あのっ、体格が妙なのもありますけど、竜人には尻尾もあるはずです。あと翼も」
「あ!本当だ、言われてみれば尻尾も翼も描かれてないね。これって描き忘れとか?」
グリンに訊かれると、ケンタは「う~ん…」と唸りながら目を瞑り、眉間に皺を寄せて記憶を辿る。
「いや…何度か遭遇しましたけど、尻尾も翼も無かったです」
「そうなんだ。うーん…やっぱり僕だけじゃ、このモンスターが何なのか分からないな。調べてみないと」
「ラティ姉さんにも聞いてみましょうか、それでも分からないなら図書館に行けば何か分かるかも」
今後、森への対応をどうするか───
グリンとリンカがそっちに頭を切りかえる中。ジューロは一つ不思議に思い、その疑問をケンタにぶつけてみた。
「ケンタさん、こいつとは森で何度か遭遇したって言っておりやしたよね?」
「…まぁ、ですね」
「なんであんな化け物がいる森に居続けたので?」
疑うワケではない、彼が嘘をつく理由はたぶん無いからだ。
しかし妙に落ち着いているように見えるし、何より森に居続けた理由が気になる。
あんな化け物がウロウロしているなら、さっさと森から出てしまうだろう。
「そりゃ、森から出ましたよ…最初は」
「そうなので?じゃあ、何でまた森に」
「森から出た時、この近くで暮らしてる人の中に獣人を見掛けて…、なんか翼を生やして飛んでる人もいたし、自分の居た世界じゃないと解って…その、怖くなってですね」
「あ~…」
少しだけだが納得した。
ジューロも獣人と初めて出会った時、リンカがちゃんと説明してくれなければグリン達をモンスターの類と勘違いしていただろう。
それを考えると、ここが異世界だと言いたくなる気持ちも分かる気がする。
「それと自分、気付いた時には森に居たって言ったじゃないですか」
「うむ」
「だから森に居続けたら…いつか元の世界に帰れるんじゃないかって、逆に」
ケンタは頭を抱えるようにして、こめかみを指で押さえた。
「けど、結局はダメで…寝ても覚めても森森森。なんか変なバケモノまで出てくるし、気が狂いそうな毎日で…。かといって森から離れるのも、どこかで帰れる切っ掛けを逃す気がして。今日こそ何かが起こるかもしれないと、祈るようにずっと…」
ケンタは淡々と話す。
「その割には落ち着いているように見えやすが…」
「別に落ち着いてるワケじゃ…。森にずっと居ましたし、感染症やら何やらも滅茶苦茶怖いし、ご先祖と会話が通じてるのもおかしいし、こう見えて頭の中は考えがまとまらなくてグチャグチャで…、元気がないだけですよ…」
ハハ…っと、力なくケンタは笑う。
「さ、さよか。すまぬ…ちと、無神経でござんした」
ジューロは頭を下げて謝った。
彼が話す内容、それらはイマイチ理解できずに呑み込めないが、取り乱す元気もないというのはよく分かった。
「…ご先祖。いや、謝らなきゃいけないのは自分です。元を辿れば、作物を盗んだのが発端でしょうし…申し訳ない」
ケンタも頭を下げ返す。
そんな風に、互いに頭を下げあっている中。
リンカがジューロの着物をチョイチョイと摘まんで引っ張ってきた。
「ジューロさん、ジューロさんっ…!」
リンカが小声で呼び掛け、ケンタに聞こえないようにジューロを連れてグリンの側に行く。
「ん?どうしやした?」
「あのっ、良いんですか?ご先祖って呼ばれっぱなしですけど…」
「だよね、嫌なら言っておく方がいいんじゃない?」
心配そうにリンカとグリンが訊ねる。
「まぁ…うむ、悪意があって言ってるようじゃありやせんから、それはどうでも…」
呼ばれ方は頓着していない。
そもそも、いま呼ばれてるジューロという名前だって間違ったものなのだ。
「それに心が参っているようですし、あんまり頭ごなしに否定しても良くねぇ気が」
ジューロの言葉に二人はしばし考えると、納得したようにコクリと頷く。
「ん。言われたら確かに、そうかもです」
「ま!一理あるかもね。…服装はかなり違って見えるけど、同郷ぽいのは間違いないんだっけ?」
「へい、故郷でしか知りえない話も出てきやしたし。そこは間違いねぇかと」
「なるほど、じゃあジューロなら話をし易いかもしれないし良いか。心が衰弱してるなら…そうだなぁ…」
「うむ!それもありやすから、呼び方くらい好きにさせようかと───」
ケンタとの会話は一応成立しているが、気が触れている可能性もあるし、出来る限りはそっとしておくのが良いと考える。
リンカとグリンにもその考えは伝えたが、それでも森の中にいた時の情報だけは、早い内に聞き出しておきたいのが本音だ。
詰めすぎない程度にとどめる事とし、グリンが再びケンタに話を切り出す。
「…ケンタさん。もう少し話を聞いても良いかな?森に居た生き物の事なんだけど」
「自分で分かる限りで良ければ」
「ありがとう、助かるよ。この生き物についてさ、何度か遭遇したって言ってたけど、何匹いたとか分かるかい?」
「自分が知る限りは一匹だけで、群れで行動してるとかは見たことがないですね」
グリンの質問にケンタは丁寧に答えていく。
その話を聞いて、幾つか分かった事がある。
夜…特に月が二つ出ている時、バケモノは苦しんでいるようで、唸り声をあげて暴れていること。
───森から聞こえていた声の正体は恐らくこれだろう。
鳴子の罠を仕掛けていた更に先、ジューロ達はそこまで進んでいないが、そこにバケモノが暴れた形跡が残っているそうだ。
常に何かを探しているように彷徨っており、獰猛。動く生き物を見れば片っ端から襲い掛かっているという。
───ケンタも襲われた事があるそうだが、この世界に来てから何故か身体能力が上がっており、無事に逃げきれたとの事だ。
身体能力の向上、これはジューロも同様に起こっている。
漂着してからこれまで、不思議なほど怪力を発揮できたり、身体が丈夫になっているのだ。
その状況に慣れてしまい、今では気にしなくなっていたが、よく考えれば妙な事だといえる。
ケンタと共通点があるのは、ひょっとしたら何かあるのかもしれない…。
もっとも、ジューロは自身の頭の悪さは自覚しているので、これについては考えても答えは出ないだろう。
とりあえず今は関係のないことと割り切り、気にしないことにした。
───そんなこんなでケンタから情報を聞き出し終えた頃。
ギルドマスター代理のラティと、その付き添いでフレッドが診療所へとやって来た。
「ようっ!三人とも、なんかまた色々あったって?」
カウボーイハットの鍔を持ち上げながら、フレッドは笑顔を見せる。
「ぬおっ!?フレさん、それに姐さんも!思ったより早い到着でござんすね」
「他にも用件があってな、元から来る予定ではあったんだが…」
「その件はまた後で…って話はしておいたから、こっちの様子を先にね?」
ラティとフレッドの二人は農家の人達への挨拶を済ませた後、ジューロ達の事を聞いてここまで足を運んで来てくれたらしい。
ジューロ達はさっそく二人に対し、これ迄の話を説明した───
「ん~、なるほど?事情があるにせよ、農地を荒らしたのはいただけないわね」
ラティは自分の顔を指で抱えるようにして、首を捻る。
「本当に申し訳ございません…、自分はどうしたらいいんでしょう…」
ケンタは深々と頭を下げた。
「そうねぇ、本来なら王都の騎士団に突き出す所だけど…」
異世界だとか言っている事を含め、錯乱状態なのかもしれないと考慮すると、普通はそうなるだろう。
だが、それ以外の会話は普通に成立しているし、暴れる様子もない。
「今の騎士団に突き出したら、話を聞くことも出来なくなりそうなのよね」
「姐さん、なんとかなりやせんか?同郷なのは間違いねぇんで、あっしとしては重要な手掛かりで」
「ん~…そうね、分かったわ!じゃあ、こういうのはどう?損害が出た分ここで働いて返してもらうの」
「良いのでござんすか?」
「いいわよ、人手は欲しいから。それと聞いた限り、住む場所もないんでしょ?働いた分の給金もちゃんと出すから、そこから弁償にあてて…手取りは少なくなるけど、それでも良いかしら?」
「あ、ありがとうございます!…頑張ります!」
ラティの提案に、ケンタは感謝を伝えつつ、深々と頭を下げた。
「まずは、農家の人にちゃんと謝った上でね?」
「はい!」
「姐さん、あっしからもありがとうござんす」
「お礼はいいわよ。彼が何か問題を起こした時は、ジューロくんにも責任をとってもらうつもりだし」
「うぐ…。まぁ致し方ありやせんか、肝に銘じておきやす」
「ご先祖も、ありがとうございます」
ケンタは再び、ジューロに頭を下げた。
その様子を見ていたラティは、怪訝な顔をしてジューロに耳打ちをする。
「ねぇ、ジューロくん?聞きたいんだけど、彼が言ってる…ご先祖って何?」
「えーっと、そっとしておいてやっておくんなさい。どうやら心が衰弱してるようで…まだ少し頭がおかしくなっているようで」
「そうなの…?それって大丈夫かしら?」
「まぁ、おそらくは平気でしょう…。いちおう会話は出来ておりやすから」
若干の不安はあるものの、農地を荒らした件については話をまとめる事が出来た。
農家への説明など、ラティが口利きしてくれるなら大丈夫だろう。
あとは、森に潜む生き物をどう対処するかだけだ。




