第六十話【ご先祖様と未来人】
御先祖様かもしれない───
ケンタはそう言ったが、何をどう考えたらそんな結論に辿りつくのかよく分からない。
「いや、御先祖様って…。おめぇさんの方が歳上に見えやすけど」
「あ、いや…ものの例えというかなんというか。同郷ではあるんでしょうけど、自分の方が未来人というか…」
「みら…、えぇ?」
あまりにも荒唐無稽な話に、ジューロは眉をひそめた。
異世界だとか言ったり、未来人だとか言ったり、話している内容が正気とは思えない。
だが正気とは思えなくとも、日ノ本や江戸という言葉を知っている事実もある。
呆れて言葉を失っているジューロをよそに、ケンタは言葉を続けた。
「御先祖様も故郷に帰りたいなら、元の世界に戻る方法をさないと。自分も元の世界に帰りたいですし、帰る為の方法を一緒に探しませんか?時代が違ってますし、一筋縄では行かないでしょうが───」
「ち、ちとお待ちを…」
ケンタの言葉をいったん遮り、ジューロはケンタに聞こえないようリンカとグリンに小声で話し掛ける。
「まだ、錯乱しているのかもしれやせん。少し一人にさせておきやしょうか?…しかし、言うに事欠いて異世界などと」
ジューロが苦笑いを浮かべながら二人に話を振ったが、意外なことにリンカもグリンも真面目な顔をして思考を巡らせている様子であった。
「ん?二人とも、いかがされやしたか?」
「普通に考えたらジューロの言う通りだと思うよ。けど、彼の言う事も一考の余地があるかもしれなくてさ」
グリンが神妙な面持ちで言うと、それに同調するようにリンカも言葉を重ねた。
「王都ビアンドに逸話が残ってて…。異世界から来た人たち…が建国に関わってたって話があるんです」
「そうそう、異世界から放浪してきた人…たしか異放人とか言ったっけ」
「そうですっ!おとぎ話だと思ってたんですけど。おとぎ話には元となる事実が含まれたりするって言いますし」
「またまた~、そんな───」
最初は、リンカとグリンが冗談を言ってからかっているだけかと思ったが、二人は真剣な表情を崩さずにコクコクと頷く。
「…そんなことありやす?」
顔が思わず引きつる。
異国だから見たこともないモノで溢れかえっていると思っていた…が、改めてそう言われると、ここが異世界であっても不思議ではないかもしれない。
ジューロも山中異界という言葉を聞いたことがあるし、神隠しというのもある。
それらも本当に別世界に行ったから出来た話だったりするのだろうか?
ジューロは海に放り出されて来たワケで…言うなれば、海中異界といった所だろう。
そういえば竜宮城───浦島太郎とかいう昔話とかもあったっけ?
でも亀に乗った覚えはないなぁ…などと、半ば現実逃避気味にボンヤリ考えていると、リンカとグリンが励ますように声を掛けてきた。
「ま!可能性の話だからさ」
「そっ、そうですっ!ジューロさんの故郷が分からないからといって、異世界と決まった訳じゃないですし」
変な事を考えていたジューロを、悩んでいると勘違いしたのかもしれない。
相変わらず二人ともお人好しだなぁと、こそばゆい気持ちになって少し笑ってしまう。
「どのみち日ノ本については、地道に情報を探すしかありやせんから。気にしちゃおりやせんよ」
異世界だとか言われても眉唾物だ。
ジューロたちの話がわずかに途切れた頃、ケンタが遠慮がちに話し掛けてきた。
「あの~すいません、少し良いですか?」
どうやら話し掛けるタイミングを見計らっていたようである。
「自分、どうなりますかね?」
「うむ?どうとは?」
「農作物を盗んだ件を…」
「あ~」
この国に漂流してきてから数ヶ月、忘れていたが、同郷の人間なら飢饉の経験もあるだろう。
だからこそ、人様の食べ物を盗んだらどうなるか…想像すると怖くもなるか。
「おめぇさんも大飢饉は経験してやすでしょうし、不安に思うのは分かりやすけどね」
「え?大飢饉?」
「うむ、数年前ではござんすが日ノ本で…。知らぬか?」
「いや、ご先祖様とは時代がそもそも───」
ケンタは少し頭を抱えた。
かと思えば何かを考え始め、独り言をブツブツと呟く。
「いや、待てよ?…大飢饉、たしか江戸時代には何度かあったよな。でも何代目の将軍かは分からないらしいし、本当に同郷か確かめるなら…」
…やはり気が触れているのだろうか?
異国に来ただけでなく、ずっと森に籠っていたようだから、仕方ないことかもしれない。
少し哀れに感じ、ケンタの様子を見守っていると、ケンタがジューロに訊ねてきた。
「ええっと、大塩平八郎とか知ってたりします?」
「どうしやした、急に…」
「すいません、流石に知りませんよね」
大塩平八郎。
大飢饉の時、困窮する民草を捨て置く幕府に反発し、打こわしに踏み切った元与力…だったか?
噂話で聞いた程度だが、ジューロもその名前だけは知っている。
「そりゃあ名前くらいは聞いたことはありやすが、知り合いとかじゃねぇんで。…おめぇさんは大塩平八郎と知り合いなので?」
「そういう訳じゃないですけど、そうですか。もうこれ確定で…ご先祖様でしたか」
一人で納得したように頷くケンタを見て、ジューロは大きなため息をついた。
会話がイマイチ噛み合ってない気がするが、それでもぞんざいに扱うのは良くない気がする。
故郷に帰るための重要な手掛かりを、彼は握ってるかもしれないのだ。
「その…ご先祖様っての、やめやせんか?見た所おめぇさんの方が年上でしょうに」
「では、ご先祖で!」
ジューロは再びため息をついた。
(様付けをやめて欲しいと言った訳じゃねぇんだがなぁ…)
馬鹿にしているという感じはないし、悪意があってそう呼んでるワケでもなさそうだ。
そんなことより話が反れてしまっているし、とりあえず今は好きに呼ばせることにする。
ここで問答するのも面倒くさいし。
「とりあえず話を戻しやしょうか…。農作物を盗んで田畑を荒らした件でござんしたよね」
「うっ…それは、本当にすいませんでした…」
ケンタが深々と頭を下げる。
「いや、あっしに謝られても…」
「じゃあ、誰に謝れば」
ケンタは少し落ち着かない様子で目を泳がせた。
今後どんな処分が下されるのか、やはり不安なのだろう。
ジューロも具体的にどうなるかは分かっていないが、この王都では今のところ飢饉という話はないし、少なくとも殺されるまではないだろう。
「ギルドマスター代理が来ることになっておりやすから、そこで申し開きをしてもらう事になるかと」
「申し開き…」
ジューロの言い方が悪かったのか、ケンタは顔を強ばらせて固まってしまった。
その様子をリンカとグリンが不憫に思ったようで、ジューロの後に続いて言葉を掛ける。
「ま!そこまで身構えなくていいと思うよ。事情は僕らも分かったし、ちゃんと話をすればさ」
「はいっ、ラティ姉さんなら処遇についても折衷案を考えてくれると思いますから」
「そうそう!例えば働いて返してもらうとか…」
二人の言葉を聞いたケンタは少し安堵したようで、ホッと胸を撫で下ろす。
彼が落ち着いたのを見届けた後、グリンが何かを思い出したようで、話を変えた。
「…あ!そうだ。ケンタさんに訊きたい事があったんだけど良いかな?」
「な、なんでしょう」
「ずっと森に居たんだよね?」
「ええ…そうです」
「森でケンタさんが倒れた後、妙な生き物の臭いを感じてね。姿を見る前に森から出たんだけど…何か知ってるかい?」
農地を荒らした者の件はケンタだったようだが、あの森でそれ以外の生き物の気配も感じた。
たまたま農地に姿を見せていないだけで、害獣の可能性もあるし、そらなら先手を打って対策を講じる方が良い。
それに鳴子の罠(おそらくケンタが仕掛けたモノ)があった事から、何か心当たりはあると見て間違いないだろう。
「自分は別世界の人間ですから、この世界の動物たちは見知らないのばかりです。でも───あの森で一匹だけ、異質さを感じさせるヤツ…それは確かにいました」
ケンタは顔を少し青くしている。
脳裏にその生き物を浮かべながら喋っているのかもしれない。
「何か、描けるものがあれば…絵で描けます。こう見えて自分、少しは絵心はありますし。その方が口で説明するより分かるかもしれませんから」




