第四十話
路地裏を抜け、表通りに出てきた三人は、同時に大きなため息を漏らした。
お互いがそれに気付き、互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべると、冒険者ギルドへ向かって真っ直ぐ歩き出す。
「あのっ、ジューロさん。脇腹は大丈夫ですか?怪我してるんじゃ...」
チーネに蹴られた所は痛む。
それを庇うように歩いていた事にリンカは気付いたのだろう。心配そうに訊ねてきた。
「うぅむ、正直痛みやすが…」
「なら、回復しましょう!」
「ありがとうござんす。でも今は、彼らを運ぶことを優先させやしょう」
「わ…分かりました。でも、運んだ後はすぐ診せてくださいね?」
「ジューロも無理はしないでよ。キツい時は僕が代わって往復すればいいんだから」
リンカとグリンは人が良すぎるなぁと、ジューロは改めて思った。
今は痛みより、二人の心遣いに対するムズ痒さの方が勝っている。
「かたじけねぇ、その時は頼らせていただきやす」
冒険者ギルドに到着すると、受付譲やギルドにいた他の冒険者たちから、何事かと驚かれた。
魔法で回復させたとはいえ、冒険者の服や鎧は血まみれのままだから仕方ない。
大まかではあるが、路地裏で不審者に襲われ怪我を負ったと説明すると、ギルド常駐のお医者さんに取り次いで貰える事になった。
駆け付けたお医者さんに診て貰った結果。早い段階でリンカが治癒してくれたのが功を奏したようで、命に別状はないとの事だった。
それを聞いてジューロ達は胸を撫で下ろした。
「ありがとう、リンカさん。チーネを人殺しにさせずに済んだよ」
グリンはこの件に胸を痛めていたようで、リンカに深々と頭を下げる。
言い方はあれだが、あんなでもグリンの幼なじみなのだ。人を襲っている所を見たら良い気分はしないだろう。
「いえっ、そんな…大したことはしてないですから。それよりも、一旦外に出ましょう!お医者さん達の邪魔になっちゃいますし」
リンカが言うように、冒険者を運び込んだ医務室ではお医者さんと看護師が忙しそうにしている。
たしかに邪魔しては悪い。
ジューロ達は医務室を後にし、冒険者ギルドから出ようとしたが、玄関に差し掛かる所で受付嬢から声を掛けられた。
「あ、戻られるんですね?…助かりました。三人のお陰で、あの二人も大事にならずに済みそうです」
「それは良かったです、安心しました」
「本当にありがとうございました。…それと、すいません。出来れば一つ、お願いがありまして」
「お願い?」
「えぇ、彼らが事件に巻き込まれた経緯を教えて頂きたいのです。この件を上に報告しておきたいので…、知ってる限りで構いませんから」
二人を運んで来た時に、大まかに伝えた事だけがジューロ達が知ってる全てだ。
グリンも「う~ん…」と、腕を組み考えている。おそらくは、チーネの事に触れるのは避けたいのだろう。
「ふぅむ…、そう言われやしても。不審者に襲われたとしか言いようがござんせんし…」
「…そうだね。ま!他にあったことは、騎士団が助けに駆け付けたくらいです。事情は彼女らに聞けば良いと思いますよ」
「騎士団ですか?」
騎士団の名前を出した時、受付嬢が怪訝な顔をした。
「えっと…、あの人達はパトロールしてたらしいですけど」
リンカが嫌な顔を見せながら答えた、騎士団の事は思い返したくもないのだろう。
しかし、リンカもそういう表情をすることがあるんだなぁと、ジューロは意外に思った。
「騎士団はいつも王宮にいらっしゃいますから、パトロールしてるなんて珍しくてつい…。でも分かりました、詳しいことは騎士団に聞いてみます」
受付嬢との話を終え。
冒険者ギルドの外に出ると、日は沈みかけており、だいぶ暗くなってきている───
「グリン、ゴミ捨て場はどうしやしょう?調べるんなら手伝いやすが」
冒険者に聞いたチーネの目撃情報、冒険者ギルド裏のゴミ捨て場。
それを調べるならギリギリの時間だろう。
「いやいや!?それよりもジューロは怪我を診てもらってよ!」
「そうですよっ!早く見せて下さいっ!!」
「ぬあ~!」
ジューロは二人に引き摺られる形で、道沿いにあるベンチに連れて行かれると。リンカの魔法で怪我を治療して貰うことになった。
───魔法のお陰で痛みが引き、怪我が治ると、ジューロはリンカに改めてお礼を言った。
リンカが「どういたしまして」と、一瞬笑顔を見せたが。彼女は何かを考えたかのように間を置くと、顔を少し強張らせて言葉を切り出した。
「えとっ…。ジューロさん、グリンさん。後で二人に話しておきたい事があって…」
「なんでござんす?」
「どうしたの?あらたまって」
「えっと!あのっ、ちーちゃんの事を調べてからでいいですから」
「いや…今日はもう暗くなるから、調べるのは日を改めよう。それに僕も今回の件で気になった事があるからさ、丁度良いよ。色々と話をしておきたいし」
「んでは、ギルドに帰ってから話をしやすかい?暗くなってきておりやすし」
「ああー…いや、それは…」
「ジューロさん、出来れば私たちだけで…」
ジューロの提案に、リンカもグリンも困ったような素振りを見せた。
ギルドの人たちには聞かれたくない話なのだろう。
チーネの話も絡むだろうから当たり前か…。
「ふむ!ならば、いつもの食堂に参りやしょうか?あそこなら賑やかだし、ギルドの人が居たとしても、会話の内容は聞き取り難いでござんしょう」
「…なるほど、いいかもね」
「わ、分かりました!じゃあ行きましょう」
リンカとグリンも同じ考えに至ったようで、今度の提案に乗ることにし、食堂へと移動することとなった。
────ジューロ達が食堂に到着すると、夕方ということもあり、仕事終わりの人々で賑わっている。
お酒をのみ交わし、楽しそうに談笑している者もいれば、酔っ払って歌っている者、泣きながら愚痴る者まで様々だ。
これなら、ジューロ達の会話に聞き耳を立てる者もいないだろうと食堂の様子を眺めていると、給仕係がジューロ達に気付いて空いている席に案内してくれた。
───案内された席につくと、ジューロ達は注文を取る。
給仕係が注文を確認し、そそくさと厨房へと向かって行くのを見届けて、最初に口を開いたのはリンカだった。
「…あのっ、最初は私から話しても良いですか?」
「ようござんすよ」
「もちろん!話があるって言ってたもんね」
ジューロとグリンの返答を聞いて、リンカはテーブル身を乗り出して二人だけに聞こえるように呟く。
「…実は私、ちーちゃんが怪盗スパータだってこと、知ってたんです」
「えっ??」
「ぬぁ???」
突拍子もない話だった。
ジューロとグリンが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「いや、ちょっと待っておくんなせぇ!話が見えぬが…。知っていたとは、どういう事で?」
「えぇと、私の部屋に怪盗が現れた事があったじゃないですか…。覚えてますか?」
「ギルドに入った初日の事だよね?覚えてるよ。…細かい事はジューロの方が分かるんじゃない?僕は少し遅れて入ったし」
「あっしも覚えておりやすが…。えーと、確かあの時。そいつがリンカさんに手を伸ばそうとしていた所を見て…」
捕まえようと飛びかかったは良いが、避けられてブザマに転がった事があった。
ジューロも己の情けなさで覚えている。
「それなんですけど…。実はあれ、驚いて腰を抜かした私をちーちゃんが起こしてくれようとしてたんです…」
「ほほぉ…、えぇ?んん~?」
ジューロは頭を傾けた。
なんとなく分かるようで、何も分からない。
ジューロ自身の頭が悪いのもあるのだろうが、リンカの説明もまた、要領を得ないというかなんというか…。
ジューロがリンカを見ると、彼女もワタワタしていた。…どう話していいのか分からないという感じなのだろう。
「リンカさん、順を追って説明してくれるかい?チーネが怪盗だって分かった理由とかさ」
ジューロが混乱して、頭に?マークを浮かべる中、グリンが冷静に話をまとめようと切り出してくれた。
「ふぇあっ!…はいっ、すいません。ちゃんと説明しますっ」
姿勢を正し、一呼吸おくリンカに合わせて、ジューロとグリンも姿勢を正す。
「お、お願いいたしやす」
「うん、よろしく!」
そんな二人を見て、リンカは少しだけ笑うと落ち着きを取り戻し。その時の状況…そしてチーネが怪盗だと知ることになった理由を話し始めるのだった───




