第三十九話
「怪盗スパータ…でござんすかい?」
ジューロは長脇差を鞘にパチンと納め、道中合羽に覆うように仕舞いながら聞き返した。
「そうだ、冒険者を襲った奴がここに居ただろう」
リンカが治療している冒険者を、騎士団長が一瞥しながら言う。
「…不審者は確かにおりやした。しかし、それが怪盗だと分かるもんなのでござんすかい?」
「あァ?…そいつの姿を見たから分かるのは当然だ。マスクをした黒ずくめの女…そいつがここに居たのは間違いあるまい」
入れ代わりで入ってきたから姿は見ていないと思っていたが。団長が語る特徴と、先ほどまで居たチーネの格好は合致している。
ジューロが少し考え込むのを見て、代わりにグリンが言葉を返した。
「ま!確かに、そういう姿でした。でもこんな所に、よく助けに来れましたね…」
「フン、たまたまパトロール中に騒ぎを聞き付けただけだ。貴様らは運が良かったな」
「ですね、助かりました」
グリンが言うように、こんな場所へ都合よく騎士団が現れたことも変だとは思うが、それとは別に気になる点が一つあった。
怪盗スパータ───噂では男だと聞いているのだが、騎士団はマスクをした黒ずくめの女のことを怪盗だと断定している。
…もちろん噂話とは別に、真相を騎士団が掴んでいるからそう判断した可能性もあるだろう。
だがジューロは、どうにもこの騎士団の事を胡散臭く感じ、カマを掛けてみたくなった。
「あっしからも礼を言いやす、ありがとうござんす。…ところで、やはり怪盗の事は"噂を元に"捜査していたので?」
「ハッ、その通りだが。それがどうした?…くだらんお喋りに付き合っている暇などないのだがな」
「……こいつは失礼しやした。怪盗とやらは路地裏の奥、突き当たりから右手に逃げたと思いやす」
チーネは跳躍して上部へ逃げて行ったのだが、ジューロは誤魔化して答えた。
庇い立てしたというよりも、この騎士団に対する不信感から、正直に答える気が失せたというのが本音である。
「チッ、最初から言えばいいものを」
団長からイラつきが伝わってくるが、それは怪盗を取り逃がした焦燥から来るものではないように思う。
慌てる様子は微塵も感じられなかったからだ。
団長が部下に指示を出すと、部下の数名がジューロが指し示した方向へと駆け出していく。
どうやら追跡は部下に任せるつもりらしい。
「おめぇさんは向かわなくていいので?」
「私たちはイコナ様直属の騎士団で、部下達も優秀だ。貴様らが心配しなくても今日中には全て片付く」
「…左様ですかい」
ジューロはそれだけ言うと、冒険者を治療しているリンカの元へ向かった。
色々と聞きたい事はあるが、今は冒険者二人の方が気掛かりだ。
「リンカさん、彼らの容態の方は?」
「傷は塞ぎました。でも、二人とも血を流しすぎてて…ちゃんとしたお医者さんに診てもらった方が…」
「うむ、承知しやした」
冒険者二人を見ると、二人とも気を失っているようだ。そしてリンカが言うように、傷は塞がっているが顔色は良くない。
───なぜチーネは、この二人を襲ったのだろうか?
恨みか?…いや、先ほど話を聞いただけの二人だが、恨みを買うような性格ではないように思う。
では仕事上のトラブルか?…二度しか一緒に仕事をしていないのに、殺しに掛かるほどの事態に発展するものだろうか?
ジューロなりに必死で考えてみたものの、やはり頭が悪いので、答えは出なかった。
…それよりリンカが言ったように、まずは二人を医者にみせるべきだろう。
「グリン、二人を病院まで運びてぇ。手を貸してもらえやせんかい?」
「もちろん!でも病院までは距離があるから、冒険者ギルドに運ぼう。あそこなら常駐してる医者もいるハズだから…」
「なるほど、ではそうしやしょう」
グリンと共に、冒険者を担ぎ出そうとしていると、団長から呼び止められた。
「おい、貴様!少し待て」
「なんでござんす?」
「貴様じゃない、用があるのはそっちのウル族の男だ」
「僕ですか?」
「貴様は嗅覚が優れた種族だろう。私たちに協力させてやる、臭いで怪盗を追跡するんだ」
「はぁ…、先ずは彼らを医者に診せたいんですが…」
「なんだ、その態度は?貴様らも冒険者が行方不明になる話を聞いたことくらいあるだろう!あの怪盗さえ捕まえれば、これ以上の犠牲者を出さずにすむのだぞ!それに協力させてやろうと言うんだ」
「…そうですか。でも、僕じゃ役に立てそうにないですよ。血の臭いが充満していて怪盗の臭いが分かりませんから」
「チッ、使えないクソオスめ…」
グリンは気にするそぶりを見せなかったが、団長がグリンを馬鹿にする態度が、ジューロの癪に障った。
「…お言葉でござんすが。あの怪盗とやら、冒険者が行方不明になる事件と本当に関わりがあるのでござんすかね?」
「…なに?どういう意味だ」
「怪盗の噂、冒険者が行方不明になる噂、どちらも耳にしておりやす。しかし、あの怪盗とそれを結び付ける意味が、あっしには分からねぇんで」
「フン、何を言い出すかと思えば。…そいつらが怪盗に襲われていたのが何よりの証拠だ。頭が悪いとそんなことも分からないのか?」
「分かりやせんね。冒険者が何の痕跡も残さず消息を絶つと、噂ではそのように聞き及んでおりやす。ですから、今回の状況と合わねぇのが気になるんで」
事実、今回の状況と冒険者が行方不明になる噂、これらは一致していない。
路地裏は思い切り荒らされているし、血溜まりも出来ていて、グリンの言ってたように血の臭いも充満している。
ここにはそういった痕跡がありありと残っているのだ。
「おめぇさんが言うように、あっしは頭が悪い。単純な話しか理解できやせんから、どうにも────」
「さっきからグダグダと…貴様、ひょっとして私たちを疑っているのか?」
ジューロが言葉を発し終わる前に、団長が言葉を遮るように被せてきた。
よく見ると彼女のこめかみに血管が浮き出ている。
ジューロの物言いが頭に来たのだろう、その目にも殺意が溢れているのが分かった。
「あっしは気になっただけでござんす。そもそも、おめぇさん方を疑う道理なんてありやせんよ」
ジューロは道中合羽の中で、相手に見えないよう、気取られないように長脇差に手を添え警戒する。
「…気に障ったんなら謝りやすが、そんな言い方だと、あっしが疑わなくちゃならねぇみたいじゃござんせんか」
「───ジューロさんっ!」
路地裏にリンカの声が響き、名前を呼ばれたジューロは我に返った。
「はやく行きましょう!」
声の方へ振り返ると、リンカが男の冒険者を担ごうとしている。
もう既に女の冒険者を背負っているグリンはそれを見て、どうしたものかとワタワタしていた。
「ぬあっ!?すまねぇリンカさん、あっしが背負いやすんで…ちょっと!」
「うぅ、すみません…ありがとうございます」
ジューロが大慌てで男を引き受けて背負うと、リンカは律儀にお礼を言った。
「…あっしこそ申し訳ねぇ。早いとこ医者にみせねぇといけねぇってのに」
頭に血が登っていた事で、周りが見えていなかった。未熟であったと猛省する。
騎士団に関わっている場合ではない。
「あのっ、すいません!私たちは失礼します!」
リンカは騎士団にペコリと頭を下げた後、ジューロの道中合羽をクイッと引いて急かした。
「フン、その女に感謝するんだな?ゴミ男」
男を背負い、この場から立ち去ろうと背中を向けたジューロに、団長が吐き捨てるように言う。
「あれ以上喋っていたら、貴様の首を切り落としていた所だ。今回は大目に見てやる、さっさと消えろ」
「…ごめんなすって」
団長の言葉にリンカとグリンが反応しかけたが、ジューロが一言だけ発したあと、さっさと歩き出したのを見て。
二人も黙ったまま、その場を後にするのだった────




