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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第三十八話

 リンカとグリンもそれに気付いたようで、三人は踵を返し、悲鳴が聞こえてきた路地裏を覗き込んだ。


 陽当たりが悪いせいもあるだろうが、路地裏は薄暗く遠くまで見通せない。


 どうも胸騒ぎがするので、ジューロは慎重に奥へと進んで行こうと思ったが、先にグリンが異変に気付いた。


「血の臭いだ…!」


 グリンがそう言った瞬間、路地裏の奥から物が倒れたような…なにか壊れたような音が鳴り響くと同時に再び悲鳴が聞こえてきた。


「あっしが行きやす」

「ジューロさんっ!?」

 ジューロはかまわず路地裏の奥へと走り出す。


 どのような事態になっているか想像できないし、迂闊に踏み込むのは自分でも危険だと思う。

 だからといって二の足を踏んでいたら、リンカやグリンが先に踏み込みかねない。


 彼らを危険にさらすくらいなら、自身が行った方がマシだ。


 奥へ進んで行くほど、グリンの言った通り血の臭いがしてくるのが分かり。その臭いもだんだんと強くなっていく。


 ジューロがさらに奥へと進むと、三つの人影が見えてきた。


 一人は冒険者の男だ、血塗れで倒れているが生きている。

 その先では何者かが片腕だけで冒険者の女の首を掴み、壁に押さえ付けている所であった。


 冒険者の男は這いずりながら「や、やめろ…っ」と言い、首を掴んでいる人影に向かって手を伸ばしている。


 冒険者の女も、掴まれた首を引き剥がそうと(もが)いているが、まるでビクともしない。


 次の瞬間、女を押さえ付けている人影に動きがあった。

 ジャキン!と音がしたかと思えば、右手に鈍い光が現れたのだ。

 光の正体は鉤爪状の刃物だった。それを冒険者の女に向けて突き立てようとしている。


「やめねぇかっ!!」

 ジューロは長脇差を抜き、声をあげながら人影に向かっていく。


 その声に反応した人影が振り返り、一瞬だけ目が合う───薄暗がりに光る瞳、どこかで見た気がする。


 ジューロが人影との距離を詰め、鉤爪を装備している腕に向けて長脇差を振り下ろす。

 しかし、人影はバネのように柔軟に、まるで猫のような動きで弾けるように避けてみせた。


 …ジューロはこの動きにも見覚えがあった。


 産業ギルドに入った初日の夜のこと、リンカの部屋に不審者が現れた事がある。

 ジューロはソイツを捕らえようと飛び掛かったのだが、今の人影と同じような動きで躱された。


 ラティはそいつのことを"怪盗スパータ"だとか言っていたか?

 遭遇した当時。部屋が暗いこともあって、ジューロは相手の全体像を視認することが出来なかった。


 それと同一人物とは断定できないが、不審者と人影の動きはどうも酷似しているように感じる。


 ジューロは飛び退いた人影に目を凝らす。

 路地裏は薄暗いが、視認できない程ではなく、人影の全体像はかろうじて見えた。


 ピッチリした黒い服を基調に、腰回りにヒラヒラとした短いスカートのようなものが付いている。

 ボディラインがくっきりとしていて、その骨格や腰つきから女性だろうと分かった。


 それと特徴的なのは、目元だけを覆うマスクを付けていることだ。

 マスクを付けているといっても、顔は獣人のラト族だと分かる程度には出ているし、正体を隠す為のモノにしては御粗末だ。何か意味があるのか?


 というか、コイツの顔は────

「ひょっとして、チーネさんで…?」


「フヴゥッ、シャアァーッ…」

 ジューロが声を掛けたが、それに反応する様子は無く、チーネは唸り声をあげ、正気とは思えない形相で睨んでいる。


 血を流し倒れている冒険者の二人を手当てしたいが、チーネから恐ろしいほどの殺意を感じて目を離せず、ジューロは長脇差を向けたまま警戒し続ける他なかった。


「ジューロさんっ」

「ジューロ!…これはいったい」

 背後からリンカとグリンの声が聞こえてくる、どうやら追い付いて来たようだ。


「…えっ!?チーネ?」

「ちーちゃん…」

 二人共この状況を目にして硬直した。


 血塗れで冒険者二人が倒れているのもそうだが、何故か探していたチーネがここに居合わせている事、そしてジューロが長脇差を向けてチーネと対峙している事も二人を混乱させた原因だろう。


 ジューロは振り返らず、リンカに声を掛ける。

「リンカさん、二人の治療をお願いしやす」


「はわっ、わかりました!」

 この惨状だ、冒険者の状態も察してくれたのだろう。

 リンカが冒険者を治療すべく駆け寄ろうとした───その時だった。


 リンカが動いたと同時にチーネが地面を蹴り、リンカと冒険者へ襲い掛かったのだ。


 警戒していたジューロが何とか反応し、チーネの鉤爪を受け止め、ガキィン!という金属音が狭い路地裏に鳴り響く。

 そのまま長脇差の鍔を使って鉤爪を固定すると、ジューロはチーネと組み合った。


 ズシィ────!!と、想像を超える重みを感じ、踏みしめた地面がわずかにえぐれる。

「ぬぅ!?こいつは…ッ!」


 チーネはジューロと比べて小柄なのだが、とてつもない膂力に圧倒された。どこにそんな力があるのか?

 魔法を使っている可能性もあるが、それにしたってビクともしない。


 組み合ってしまえば取り押さえることも出来ると考えていたが甘かったか?

 そう思考を巡らせた瞬間、ジューロの脇腹に痛みが走った。


 ───ミシミシッ!という鈍い音が体の中から響く。

 チーネの膝蹴りが直撃したのだ。


「ぐっ…!!?」

 歯を食い縛り堪え、組み合った状態をなんとか保つ。


 この異常な状況に呆気にとられていたグリンもようやく我に返り、チーネを取り押さえる為に組み付いた。

「やめろっ、チーネ!」


 グリンの声にチーネが反応したように見えたが、未だ殺意は衰えず、グリンやジューロを振り払おうとする。


「くっ、何で…こんな」

 グリンの加勢が入っても、チーネの方が押している。このままでは自分だけでなく、リンカやグリンも命の危険にさらされかねない。


「グリン、どうにか絞め落とせやせんか!?」

「ダメだ!下手に狙っても抜けられそうで…ッ」

 グリンが絞め落とせる形で組み付けていれば話は早かったのだが、慌てていたこともあり組み付き方も不恰好である。

 そこまで考える余裕もなかったのだろう。


 だからといって組み付き方を変えようと拘束を緩めたら、どんな反撃が飛んで来るか分からない。

「ぐぬ…、手荒な真似はしたくねぇが。そうも言ってられねぇか」

「ジューロ!?」

「ジューロさんっ!?」


「動けなくなる程度に…痛め付けやす!グリン、何とか押さえてておくんなさい!」

 二人で取り押さえようと組み付いているものの、チーネの力は恐ろしい程強く、このままでは脱け出されかねなかった。


「わ、分かった!なんとか踏ん張ってみる!…っうぐおぉぉ、がああぁぁあぁっ!!」

 チーネを押さえ付ける為、グリンが全身全霊で力を振り絞ると、ジューロに対する負荷が緩和され、チーネに隙が出来た。


 この機は逃せない。

 無理な体制ではあるが、チーネの腹部めがけてジューロは拳を叩き込んだ。


 ドグォッ…!

 拳が腹部にめり込んだ瞬間、ジューロは異様な手応えを感じた。

 それはチーネの内部、内臓とかそういうものではない、別の"何か"がある気配と手応え。


 ジューロの一撃が効いたのか、チーネは目を白黒させると表情を歪めた。

「ミギャアァァ────ッ!!!」


「ぬぉあっ!?」

「うわぁっ!?」

 チーネの叫び声が響き、ジューロとグリンが弾き飛ばされ、壁に激突する。


 ジューロは後頭部をぶつけて視界がチカチカした。

 それでも、追撃が来るかもしれないと考え、長脇差を構えることだけは怠らない。


 視界が正常に戻り、ジューロの目に映ったのは、腹部を押さえ悶え苦しみながら鉤爪を振るうチーネの姿だった。


「チ、チーネ…」

 暴れるチーネに対し、グリンは対応に困っている。

 取り押さえようにも近寄れないし、倒れている冒険者二人と、それを治療しているリンカが再び襲われるかもしれないと考えると、迂闊に動くことも出来ない。


 再び一撃を入れるべきか?

 しかし、あの悶えようだ。もし下手に攻撃したら今度は殺してしまうかもしれない。


 ジューロがどうすべきか考えていると、少しずつチーネが落ち着いていくのが見えた。

「えぁ…、はぁ…はぁ…っ!グ…リン?」


「チーネ!?」


 暴れていた時の憤怒の形相とは打って代わり、憔悴した声と虚ろな瞳で周囲を見渡す。

 そして、この状況にハッとし、自分の格好と鉤爪を見て、動揺している様子だった。


「グリン…みんな…。わ、私は…」

 チーネが弱々しく震える声で何かを伝えようとした時。


「いたぞ!!怪盗スパータだ!!」と、ジューロたちの背後から女性の怒号が聞こえてきたのだ。


 その声にチーネはビクリと反応し、「ご、ごめん…ごめんね…」とだけ言い残すと。壁を蹴って路地裏の上へ跳躍し去っていく。


「ま、待って────!!」

 グリンが呼び止めようとしたが、その時には既にチーネの姿は完全に消えていた。


 入れ代わるように、女性の集団が路地裏に入ってくる。

 剣を持ち、際どい格好をしている女性の集団…、それにジューロは見覚えがあった。


 確か、イコナ様直属の騎士団…団長だったか?

 ジューロたちが産業ギルドに来た初日にギルドに乗り込んで来て、揉め事を起こしていた人物だから印象に残っている。


 その団長は辺りを見回した後、ジューロ達を問い詰めてきた。

「───おい、貴様ら!怪盗スパータはどこに逃げた」


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