第19話 日高誠と魔法使いの家
巨大な門を潜り、屋敷の扉の前に立つ。
間髪入れずに拳に息を吹き掛ける水鞠コトリ。
『オラ────!』
気合いの叫び声と共にパンチ一発ブチかます。
扉は一瞬でバラバラに破壊されてしまった。
衝撃波で魔法着はめくり上がり、スカートもめくり上がり……。
以下省略。
「壊す必要が!?」
「時間が無いんだよ!」
急ぐ水鞠は破片を跨いで屋敷内へと進む。
広い玄関には美術品らしき物が並べられている。
左右に真っ直ぐに伸びる長い通路にはドアが無数に並んでいた。
ファンタジーゲームに出てきそうな構造だ。
家敷の灯りがチカチカと点滅している。
魔法エラーの影響をモロに受けている様だ。
そんな中、遠くからガシャガシャと金属音が聞こえて来た。
通路の奥から何かが近付いて来る。
「何だ?」
この雰囲気……。
まさか映画とかで見る動く甲冑か? いや、違う。
ちょっと待て、何だあれ。小っさ!
「ヤカンだな」
甲冑じゃ無かった。ヤカンだった。
ヒモの様な手足の先に、靴と手袋を付けた動くヤカンが出現した。
水鞠の前に立つと、手足をバタバタとさせ始める。
必死に何かを訴えている様だ。
「分かっているよ。だからこうして日高誠を連れて来たんだ。
封印が終わるまで何とか食い止めて」
水鞠がヤカンに向かって言葉を掛ける。
俺には聞こえないが二人の間に会話が成立しているらしい。
ヤカンはその場で一礼。
ガシャガシャと音を立てて何処かへ消えて行った。
よく見たら異様なモノが屋敷の中を動き回っている。
タライやら掃除機、陶器の人形。
あれが全部魔法使いのアバターなのか。
人間の姿は無い。
魔法エラーを修正する為に全員出動しているって言っていたな。
「今は余計な事は考えないで。行くよ」
「お、おお」
薄暗い廊下を進むと、いきなり目の前が暗転した。
一瞬身体が浮き、急降下を始める。
眼前に広がるのは深い闇の空間だ。
不思議と恐怖は無い。
落ちて行く先に光の窓が見えている。
そこが目的地がある事を、何となく察する事が出来ていた。
光のゲートを通過。その直後。
ジェットコースターの様に激しく身体が揺さぶられた。
「着いたよ」
水鞠の声で目が覚めた。一瞬だけ意識を失っていた様だ。
「ここは……?」
広さは三十メートル四方といった所だろうか。
窓の無い紺色のレンガに囲まれた広い部屋に居る。
中央には巨大な円柱型の物体が突き出していた。
まさかこれが……。
背を向けていた水鞠が振り返る。
「魔法の杭だよ。この国にある三十本の内の一つ」
「本当にあったよ……」
崩壊した世界を改変する為に打ち込まれた魔法の杭。
オーラみたいな物は何も感じない。それが逆に不気味だ。
話には何度か聞いていたが、こうして現物を見ると実感した。
今までのファンタジーが、全て現実なんだと言う事を。
「始めるよ」
そう言って水鞠が呪文を呟く。
すると差し出した左手から三角錐が複雑に絡み合う結晶が出現した。
これは前に見たものと同じ形だ。
封印魔法の立体魔法陣。
掌サイズから形を変え、徐々に体積を増殖させている。
どうやら完成まで時間が掛かるらしい。
水鞠が杭に視線を向ける。
「今、杭の傾きは二ミリか。ギリギリだね」
「二ミリ……?」
それだけであの惨事が起きているのか。
壊れたら世界が崩壊するって話は本当なんだな。
水鞠は左手に浮かぶ立体魔法陣をコントロールしている。
その状態のまま、猫の様な瞳だけを向けて来た。
「やっと分かったんだ。
日高が魔法世界から存在が否定された本当の理由が」
「本当の……理由?」
水鞠コトリが静かに頷く。
「事の始まりは、日高が引力魔法を利用してアタシを呼び寄せた時だ」
「無自覚暴走による未来改変……」
「そうだよ。杭は日高を危険な存在として認識したんだ」
「ちょっと待て。水鞠に封印されて、それで終わる話だろ?」
「普通ならね」
「どう言う事だ?」
「あの時の日高は封印魔法に抵抗していた。
それが原因で魔法が不完全になっていたんだ」
「嘘だろ? そんな簡単な事で……?」
「結晶体と対峙した人間は、魔法現象を忘れたいと願うものなんだよ。
でも日高は違った」
「あ……!」
確かにそうだった。
俺は水鞠コトリを忘れたく無かった。
そう強く願っていた。
無自覚暴走による未来改変。
封印魔法の解除。
俺は二度のエラーを起こしている。
「だから魔法の杭は日高の存在を消去したんだ。
世界の崩壊から守る為にね」
「何だよそれ……」
「本当なら日高はそのまま消えるはずだった。
でもそれを否定する力があったんだ」
「力……?」
「志本紗英との魔法運命だよ」
「魔法運命……ってまた雑なネーミングだな」
「人と人とが引き合う力だよ。
例えば、幼馴染と突然同居する事になったり。
人気アイドルと同居したり。
五つ子とハーレム状態で同居したり。
両親が入れ替わって再婚して、気になる異性と同居したりする。
そんな事が良くあるでしょ?
それは魔法運命値が高いからなんだよ」
「漫画とかにありそうな設定を『良くある話』で済ますな!
普通はそんなシチュエーションは絶対にあり得ないからな!」
通りで甘くて苦い展開が続く訳だ。
それにしたって同居パターンが被り過ぎだろ。
どんだけ同居設定が好きなんだよ魔法運命ってやつは。
「想像以上の力だよ。
恐らく日高と志本紗英の魔法運命値は約七十パーセント」
「七十……って何か微妙だな」
「ちなみに運命の結婚相手は六十パーセントと言われている」
「嘘だろ!?」
あの志本紗英と俺が? 結婚!?
いや、今までの非現実的な展開はそう説明する他は無い。
あのまま行っていたら洗面所で裸でバッタリもあっただろう。
同居が始まる流れもあった。
水鞠は納得した様子で頷く。
「志本紗英との引き合う力が奇跡を起こし、日高を消滅から救出した。
そう考えれば全ての辻褄が合う」
そうか。
杭の力と志本との引力が俺を透明人間にしていた……。
俺を消そうと願った犯人なんて始めから居なかったんだ。
「水鞠。さっき強制封印する……って言っていたよな。
それで本当に解決するんだな?」
「その為には日高の協力が必要なんだよ」
「協力?」
「封印魔法を受け入れて」
それは水鞠コトリと過ごした記憶が丸ごと消える事を意味する。
……大丈夫。もう覚悟は出来ている。
俺は何だかんだで全てが上手く行くと思っていた。
水鞠と過ごす毎日が続く事を何処かで期待していた。
でもそれは間違いだった。
六年前の記憶を取り戻してようやくそれを理解した。
美希が危険な目に遭った。
俺の未来が変化した。
それでも魔法使い基準では未来改変には当たらないって話だ。
目の前で人の未来が変えられてゆく世界を生きる。
そんなのは俺には耐えられない。
耐えられるはずがない。
……だから。
「今までありがとう水鞠。ここでお別れだ」
俺は長い間、周りの全てを拒絶していた。
本当の自分を取り戻す事が出来たのは水鞠のお陰だ。
「うん。それでいいんだよ。今なら魔法は必ず成功する」
水鞠は笑みを作り、それに応えた。
杭の外壁に刻まれた紋様から、青色の光が滲み出す。
立体魔法陣は共鳴する様に光り輝き、粉々に砕け散った。
魔法は完成した。
破片は緩やかに光の粒へと変化し、俺の体を包み込んでゆく。
浮き上がる感覚に身を委ね、静かに目を閉じた。
「…………!?」
突然の眩暈。
全身に拡がる皮膚の痛み。そして……。
──耳鳴りだ。
「水鞠!」
目を開き、視界から消えかけていた水鞠に向かい手を伸ばす。
水鞠が駆け寄る。
「日高!?」
キキ……キキキキ……。




