第二百四十一段 望月のまどかなる事は(1)
(原文)
望月のまどかなる事は、暫くも住せず、やがて欠けぬ。心とどめぬ人は、一夜の中に、さまで変るさまも見えぬにやあらん。病の重るも、住する隙なくして、死期既に近し。されども、いまだ病急ならず、死に赴かざる程は、常住や平生の念に習ひて、生の中に多くの事を成じて後、閑かに道を修せんと思ふほどに、病を受けて死門に臨む時、所願一事も成ぜず。
(舞夢訳)
満月の丸みは、わずかな時間でも同じということではなく、すぐに欠けてしまう。
そういうことを注意をして見ない人にとっては、一晩の中でも、それほどの変化を感じることなどはないと思われる。
また、病が重くなるということにおいても、同一の症状である期間は、実に僅かであって、死期というものは速やかに近づいて来る。
しかし、病状の変化がそれほど進まずに、死に直面するほどではない場合は、この世というものは早急に変化などはないという考えになり、生きている間に様々多くの事を成してから、ゆっくりと仏道にで励もうと思ってしまう。
その結果として、病が重くなり、ついに死を目前にした時に、自らの願い事が何一つ成就していないことになる。




