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第二百三十一段 園の別当入道は(2)

(原文)

大方、振舞ひて興あるよりも、興なくてやすらかなるがまさりたる事なり。客人の饗応なども、ついでをかしきやうにとりなしたるも、まことによけれども、ただ、その事となくてとり出でたる、いとよし。人に物を取らせたるも、ついでなくて、「これを奉らん」と言ひたる、まことの志なり。惜しむよしして乞はれんと思ひ、勝負の負けわざにことつけなどしたる、むつかし。


(舞夢訳)

ともあれ、わざとらしく趣向をこらしておもしろくさせるよりも、おもしろくはないけれど作為がないほうが勝っているのである。

客人に対する饗応についても、時節に即して整えることは、実に素晴らしいけれど、ただ、何気なくご馳走を差し出すほうが、よほど素晴らしい。

他人に物を与える時も、特に理由などなくて、「これを差し上げます」と言うのが、真実の好意である。

わざわざ惜しむような振りをして、相手に懇願されるように思ったり、勝負事で負けた時の罰として物を贈るなど、実に嫌らしいものである。



接待や贈り物における「わざとらしさ」は、確かにそれを受ける者としては、興ざめになる。

相手に対する誠意よりは、接待をする人、贈り物をする人の「単なる自己満足の達成」が目的になると思う。


次元が違うけれど、「感動の押し売り」も、実に嫌みに思う。

某サッカー解説者のバカ騒ぎとか、某演歌歌手の目薬を使った涙とか。

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