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第二百十七段 ある大福長者の言はく(1)
(原文)
ある大福長者の言はく、「人はよろづをさしおきて、ひたふるに徳をつくべきなり。貧しくては生けるかひなし。富めるのみを人とす。徳をつかんと思はば、すべからく、まづその心づかひを修行すべし。その心と言ふは、他の事にあらず。人間常住の思ひに住して、かりにも無常を観ずる事なかれ。これ第一の用心なり」
※徳:財産。
※人間常住の思ひ:この世は不変不滅という信念。
(舞夢訳)
ある金満長者が語ったことである。
「人は、万事をさしおいて、ただひたすらに蓄財を行うべきである」
「貧乏であっては、生きる意味がない」
「富がある人のみが、人としての価値がある」
「その富を得ようとするならば、まずはその精神を鍛えなければならない」
「その精神とは、他のことではない」
「この世は、永遠に変わらないとの精神を徹底し、かりそめにも無常観などに走ってはならない」
「これが、第一の心がけである」
兼好氏は、自身の思想とは対極となる金満長者の蓄財至上論を紹介している。
これについては、賛否両論あると思うけれど、論としては実にスッキリとしている。




