第二百九段 人の田を論ずるもの
(原文)
人の田を論ずるもの、訴へに負けて、ねたさに、「その田を刈りて取れ」とて、人をつかはしけるに、まづ、道すがらの田をさへ刈りもて行くを、「これは論じ給ふ所にあらず。いかにかくは」と言ひければ、刈る者ども、「その所とても、刈るべき理なけれども、僻事せんとてまかる者なれば、いづくをか刈らざらん」とぞ言ひける。
理、いとをかしかりけり。
(舞夢訳)
他人の田を自分の物として言い張っていた者が、裁判に負けて、その悔しさのあまりに、「その田の稲を刈り取ってしまえ」と指示して、人をやった。
すると、その者たちは、手始めに途中の田までも刈ってしまう。
これを見た人が、
「そこの田は、あなた方の御主人が訴訟なさった田ではないでしょう」
「どうして、そのようなことをするのですか」と聞くと、
刈っていた者たちは、
「俺たちが刈れと指示された田だって、刈り取っていい道理はない」
「でも、俺たちは、そもそも道理に外れたことをするために出て来た者たちだ」
「だから、どこの田でも、お構いなく刈っている」
と答えた。
この理屈は、実におかしなものであった。
主人の指示もひどいけれど、手下のやることもひどい。
余分に刈った稲は、手下で分けて、主人には渡さないのだろう。
何のための裁判か、中世における法の秩序とか、治安の実態がうかがえる一段になる。




