徒然草 舞夢訳

第二百八段 経文などの紐を結ふに

（原文）

経文などの紐を結ふに、上下よりたすきにちがへて、二筋の中より、わなの頭を横さまに引き出す事は、常の事なり。

さやうにしたるをば、華厳院弘舜僧正、解きて直させけり。

「これはこのごろやうの事なり。いとにくし。うるはしくは、ただくるくると巻きて、上り下へ、わなの先をさしはさむべし」と申されけり。

古き人にて、かやうの事知れる人になん侍りける。

※華厳院：仁和寺の院家(別院)の一つ。

※弘舜僧正：九条家出身。法印権大僧都公玄の子。生没年未詳。東寺一の長者。

（舞夢訳）

巻物に仕立てる経文の紐を結ぶ手順としては、上と下から、たすきのように交差させて、その交差する二本の紐の中から、紐の端の輪のようになったものを、横に引き出すのが、一般的である。

しかし、その手順にて仕上げたものを、華厳院弘舜僧正が紐をほどいて直させたのである。

「これは最近の結び方なのです。実に恥ずかしく気に入りません。正式には、ただくるくると巻いて、紐の上から下に、紐の先端を差し込むべきなのです」

とおっしゃられたのである。

このお方は、古老であって、このような手順によく通じた人であった。

経文を巻物に仕立てる際に、技術を要する複雑な手順を取っていたところ、物事をよく知る古老が、「そんな必要はない、実は昔は単純な手順が正しいのである」と厳しく指摘した。

そして兼好氏もその話を聞いて、誤解をあらためた。

美しく経文を仕立てることに仏法が邪魔されてはならない。

そんなことよりも、経文などは簡単に巻いて、その経文をしっかりと読んで欲しい、そして、その経文の中にこめられた教えの心を感じて欲しいとの思いなのだと思う。

そもそも形にこだわることは仏法から離れてしまう。

全ての執着から離れるのが、仏法なのだから。