第二百七段 亀山殿建てられんとて
（原文）
亀山殿建てられんとて、地を引かれけるに、大きなる蛇、数も知らず凝り集りたる塚ありけり。
この所の神なりといひて、ことのよしを申しければ、「いかがあるべき」と勅問ありけるに、「古くよりこの地を占めたる物ならば、さうなく掘り捨てられがたし」と皆人申されけるに、この大臣一人、「王土にをらん虫、皇居を建てられんに、何のたたりをかなすべき。鬼神はよこしまなし。咎むべからず。ただ皆掘り捨つべし」と申されたりければ、塚をくづして、蛇をば大井河に流してげり。
さらにたたりなかりけり。
※亀山殿：後嵯峨院（1249～1255）が建長年間に嵯峨に造営した仙洞御所。亀山上皇崩御後、荒廃。天竜寺はその跡地。
※地を引かれける：地ならし、整地。
※この大臣：太政大臣徳大寺実基。。
（舞夢訳）
亀山殿を御造営の時に、整地を行なわれたところ、大蛇が無数に密集している塚があった。
この土地の神であると、その由来を院に申し上げたところ、「どのように対応するべきか」と御下問があった。
「古来より、ここの地の主であったことを考えれば、軽率に蛇を掘り出して捨ててしまうことは難しいと思われます」と、皆が申し上げたところ、この大臣一人が、
「そもそも帝が治められる土地にすむ虫が、皇居をお建てになるにあたって、どうして祟りなどする理由があるのでしょうか。鬼神はそのような道理に外れたことは行いません。気に留める理由はありません。そのまま全て掘り出して捨ててしまうべきなのです」と申されたので、塚を崩して、蛇を大井川に流してしまった。
そして、その祟りは、全く発生しなかった。
亀山殿着工の時に、蛇塚が見つかったけれど、蛇の祟りを恐れる迷信など気にしない太政大臣が、蛇を掘り出して捨ててしまった。
そして、迷信に由来する祟りも、全く発生しなかったという話になる。
さて、古来からある塚や蛇を処分してしまうなど、現代に生きる私たちも、少々ためらうのではないだろうか。
それをあっさりと処分してしまうし、その祟りもない。
迷信は信ずるがゆえに、効力を持つのかもしれない。
