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第百九十一段 夜に入りて物の映えなし(1)
(原文)
「夜に入りて物の映えなし」といふ人、いとくちをし。
よろづのものの綺羅・飾り・色ふしも、夜のみこそめでたけれ。
昼は、ことそぎ、およすげたる姿にてもありなん。
夜は、きららかに、花やかなる装束、いとよし。
人の気色も、夜の火影ぞ、よきはよく、物言ひたる声も、暗くて聞きたる、用意ある、心にくし。
匂ひも、ものの音も、ただ夜ぞ、ひときはめでたき。
(舞夢訳)
「夜になると、物の見ばえがしない」と言う人には、実に落胆してしまう。
全ての物の美しさや飾り、晴れの場面も、実は夜にこそ、素晴らしく見えるのである。
そのため、昼は簡素で地味な姿であっても構わない。
夜には、きらきらとした、華やかな姿が、素晴らしい。
人の容姿も、夜の火影にあたり、美しい人はより美しく、物を言う声も暗い中で聴く、用心をした話し方は、実に奥ゆかしい。
匂いにしても、楽器の音にしても、夜はひときわ、素晴らしく感じるのである。




