表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/338

第百九十段 妻といふものこそ(2)

(原文)

子など出で来て、かしづき愛したる、心憂し。

男亡くなりて後、尼になりて年よりたるありさま、なきあとまであさまし。

いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん。

女のためにも半空にこそならめ。

よそながら、ときどき通ひ住まんこそ、年月経ても絶えぬなからひともならめ。

あからさまに来て、泊り居などせんは、めづらしかりぬべし。


(舞夢訳)

子供などが生まれて、それを大事に守り育てるなど、実に面白くない。

男に先立たれて、尼となり、老境をさらしているのは、その醜態が男の死後まで続いている。

どんな女であっても、毎朝毎晩一緒にいて顔を見ていると、実に厄介で憎らしくなってくる。

なので、女性にとっても、落ち着かないことになるだろう。

別の家に住んで、時々通って来て住むというようにすれば、ある程度の年月を経たとしても、縁を切る仲にはならないと思う。

突然にやって来て、泊まっていくほうが、お互いに新鮮なのではないだろうか。


子供が生まれれば、その世話にかかりきりで、旦那など二の次、三の次。

年がら年中、顔を突き合わせていれば、うるさくて厄介で仕方がない。

夫婦が、所帯じみず、お互いに執着し過ぎず、適度な距離を保っていたほうが、長続きする。


これが兼好氏の結婚論になるけれど、納得できる部分もあり、なかなかそうはいかない部分もある。

男女の問題は、千差万別。

一緒でないと、とても無理の場合もあるし、喧嘩ばかりでは離れたほうがいい場合もある。

それぞれで決めればいいだけのこと思うけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ