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第百七十五段 世には心得ぬ事の多きなり(6)
(原文)
旅の仮屋、野山などにて、「御肴何がな」など言ひて、芝の上にて飲みたるもをかし。
いたういたむ人の、強ひられて少し飲みたるも、いとよし。
よき人の、とりわきて、「今ひとつ、上少なし」など、のたまはせたるもうれし。
近づきまほしき人の、上戸にてひしひしと馴れぬる、又うれし。
(舞夢訳)
旅中の仮の宿や、野山などで、「酒の肴を何か」などと言って、芝生の上で飲むのも楽しい。
酒については迷惑がる人が、強いられて少しだけ飲むのも、実によい。
立派な人が、特に自分に対して「もう一献、盃の中身が少ないですよ」などと、おっしゃられるのもうれしい。
親交を結びたかった人が、酒を飲むのが上手で、すっかりうちとけてしまうのも、またうれしいことである。
酒には功罪があるけれど、少々は付き合えなければ、世間で生きていくのは難しい。
量とマナーを心がけ、他者に迷惑にならないように、酌み交わすことが大切。
その上で、思いがけない知遇を得ることもあるのだから。




