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第百六十七段 一道に携わる人(1)

(原文)

一道に携はる人、あらぬ道のむしろに臨みて、「あはれ、わが道ならましかば、かくよそに見侍らじものを」と言ひ、心にも思へる事、常の事なれど、よにわろく覚ゆるなり。

知らぬ道のうらやましく覚えば、「あな、うらやまし。などか習はざりけん」と言ひてありなん。

我が智をとり出でて人に争ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を咬み出だすたぐひなり。


(舞夢訳)

一つの専門の道に関わる人が、その専門外の集まりに出席して、「なんということだ、自分の専門のことであれば、これほど無為に見ているだけにはならないのに」と言ってみたり、心に思うことはよくあることになるけれど、本当に恥ずかしい限りである。

知らない道のことをうらやましく思うのならば、「ああ、うらやましいことだ。何故、この道を習わなかったのだろうか」と言うべきなのである。

そもそも、自分の知恵を誇って取り出して、他人と争うなどの行為は、角のある動物が相手に角を向け、牙のある動物が牙をむき出しにする行為と同じなのである。



そもそも、自分の専門ではない分野の集まりに出て、話す内容がわからないなどの理由で、立腹することそのものが、謙虚さに欠ける。

よほどの自己顕示欲が強い人なのだろうか、とにかく何かを言って、他人に褒められたい人のようだ。

よくわからない分野の話には、言葉を慎むのが、普通の人。


テレビなどを見ていると、専門外の話に、不見識なことを言って、炎上している芸人やら他部門の学者がいるけれど、兼好氏の言う通りで、「気は確かか?恥ずかしくはないのか?」と思ってしまうことが、多々ある。

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