第百六十三段 太衝の太の字
(原文)
太衝の太の字、点打つ、打たずといふ事、陰陽のともがら、相論の事ありけり。
盛親入道申し侍りしは、「吉平が自筆の占文の裏に書かれたる御記、近衛関白殿にあり。点うちたるを書きたり」と申しき。
※太衝:陰陽道で9月の異称。天盤12神の一つで、9月(12支においては卯)を司る。
※盛親入道:従三位大蔵卿藤原盛親らしい。
※吉平:従四位上陰陽博士安倍吉平。阿倍清明の子。御一条天皇時代の人。
※占文:異変があった時吉凶を占い、その結果を示して注進する文書。
※御記:天皇や貴人の書いた日記や記録。
※近衛関白殿:近衛関白家。
(舞夢訳)
太衝の太の字は、「太」と点を打つか、「大」と点を打たないのかについて、陰陽道を専門とする人たちが論争した事があった。
その時に、盛親入道が仰せられたのは、「吉平の自筆の占文の裏に書かれた御記が、近衛関白殿のところにあります。それには、点を打った字が書いてあります」
とのことであった。
「太」と「大」の使用は、昔はしっかりと区別がなかったらしい。
太宰府とか大宰府、太政大臣と大政大臣のように、例が多いとか。
兼好氏自身も気になっていたらしく、字に詳しい人にでも聞いたのだろうか。
備忘録のような段と思う。




