第百六十二段 遍照寺の承仕法師
（原文）
遍照寺の承仕法師、池の鳥を日ごろ飼ひつけて、堂の中まで餌をまきて、戸ひとつ開けたれば、数も知らず入りこもりける後、おのれも入りて、たてこめて、捕へつつ殺しけるよそほひ、おどろおどろしく聞えけるを、草刈る童聞きて、人に告げければ、村のをのこどもおこりて入りて見るに、大雁どもふためきあへる中に法師まじりて、打ちふせ、ねぢ殺しければ、この法師を捕へて、所より使庁へ出したりけり。殺すところの鳥を頸にかけさせて、禁獄せられにけり。
基俊大納言、別当の時になん侍りける。
※遍照寺：京都市右京区嵯峨、広沢の池の西北にあった真言宗の寺。後に廃寺。近世に広沢の池の南に移され、今に至る。
※承仕法師：寺の雑用をする法師
※基俊大納言：堀川基俊。兼好氏が仕えた具守の弟。
（舞夢訳）
遍照寺の承仕法師は、池にいる鳥を、日ごろから飼いならして、お堂の中にまで餌をまいて、お堂の入り口を一つ開けておいた。
その後、鳥が数えきれないほど多く、お堂の中に入り込んでから、自分も中に入って、戸を閉め切り、鳥を捕まえては殺していた様子が、とても騒々しかった。
それを、草を刈る童が聞きつけて、人に告げたので、村の男たちが大勢でお堂に入って見ると、大きな雁がバタバタと大騒ぎをする中に法師が混じり、雁を下に押し付けて、その首をひねっては殺していた。
そこで、一同は、この法師を捕らえて、その土地から検非違使庁に突き出したのである。
その法師は、殺した鳥を首に懸けさせられて、牢に入れられた。
基俊大納言が、検非違使庁の長官をしていた時期のことである。
兼好氏の三歳から四歳頃に発生した事件らしい。
洛西の月の名所とされた地で、その法師は鳥を捕らえては殺し続けた。
目的は、個人の食用か、あるいは何らかのストレスがあったのか。
計画性のある鳥殺しは、仏弟子が持つべき殺生戒など、何ら意識していないように思う。
そんな意識も無くなるほど、精神を病んでいたのかもしれないけれど。
いつの世でも、偏執的に他者を攻撃する輩は尽きないけれど、それが仏弟子とか、子供を教育する教師までもそうなのだから、哀しい限りになる。
