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第百四十二段 心なしと見ゆる者も(2)

(原文)

世を捨てたる人の、よろづにするすみなるが、なべてほだし多かる人の、よろづにへつらひ、望み深きを見て、無下に思ひくたすは僻事なり。

その人の心になりて思へば、誠に、悲ししからん親のため、妻子のためには、恥をも忘れ、盗みもしつべき事なり。

されば、盗人を縛しめ、僻事をのみ罪せんよりは、世の人の饑ゑず、寒からぬやうに、世をば行はまほしきなり。

人、恒の産なきときは恒の心なし。

人、きはまりて盗みす。

世治まらずして、凍餒の苦しみあらば、咎の者絶ゆべからず。

人を苦しめ、法を犯さしめて、それを罪なはん事、不便のわざなり。

さて、いかがして人を恵むべきとならば、上の奢り費す所をやめ、民を撫で農を勧めば、下に利あらん事、疑ひあるべからず。

衣食尋常なる上に、僻事せん人をぞ、まことの盗人とはいふべき。


(舞夢訳)

世を捨て全ての関係を断った人が、現実の世間に住んで様々な関係を持つ人の、いろんな事に頭を下げて望みを深く持ち動き回ることを、とかく軽蔑するようなことを言うけれど、それは全くの間違いである。

その動き回る人の気持になって考えれば、現実問題として、愛しく思う親や妻子のためには、恥を忘れ、盗みとてしかねない。

それを考えれば、ただ単に盗人を捕らえ、悪事のみを罰することよりも、世間に生きる人が餓えることなく、寒い思いをしないように、政治を行って欲しいのである。

人間というものは、安定した収入がなければ、その心も安定しない。

人は生活に困窮して、盗みを犯すのである。

政情が不安定で、生活が苦しみが続く限り、罪を犯してしまう人がなくなるはずがない。

人を苦しめて、法をやむを得ず犯させておいて、その人だけを罰するのは、実に不憫と思う。

それでは、どうして人民に対して恩恵を与えるべきかとなると、上に立つ者は倹約し、民を愛し、農業を促進させることになる。

それで、下々の人が利益があることは、間違いはない。

そして、衣食が足りている状態で、悪事を働く人こそを、本当の盗人と言うべきなのである。



ほぼ、儒教から、論旨を展開させている。

「恒の産無くして恒の心あるは、ただ士のみ能くす。民のごときは、則ち恒の産なければ、放辟邪侈、為さざるなきのみ。罪に陥るに及びて、然る後、従ひてこれを刑せば、これ民を罔するなり」(孟子・梁恵王章句上)

「獣窮すれば則ちつかみ、人窮すれば則ち詐り」(孔子家語・顔回)



貧窮などの要因で、生きるためには、犯罪を犯してしまう場合もある。

逆に、裕福な人が、その欲望の深さ故、あるいはゲームのごとく、他者の財産を奪うようなこともある。

同じ金額の窃盗であっても、貧窮の人と、裕福の人とは、差別すべきという意味だろうか。

「法の下の平等」と「情状酌量」は、やはりセットでバランス良く実施されたほうが、人々の納得が得られると思う。


「池袋の特定事故発生者を、厳罰に処せよ」の署名活動は、「法の下平等」を考えれば、他の重大事故に比べて、実にやり過ぎと思う。

当人を含めて家族までの集団自殺教唆にも、つながりかねない。

悪意を持って人を殺す場合と、持たない場合とは、厳然と区別が必要と思う。


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