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第百四十二段 心なしと見ゆる者も(1)

(原文)

心なしと見ゆる者も、よき一言いふものなり。

ある荒夷のおそろしげなるが、かたへにあひて、「御子おはすや」と問ひしに、「一人も持ち侍らず」と答へしかば、「さては、もののあはれは知り給はじ。情なき御心にぞのもし給ふらんと、いとおそろし。子故にこそ、よろづのあはれは思ひ知らるれ」と言ひたりし、さもありぬべき事なり。

恩愛の道ならでは、かかる者の心に慈悲ありなんや。

孝養の心なき者も、子持ちてこそ、親の志は思ひ知るなれ。


(舞夢訳)

無神経なように見える人であっても、感心することを言うものである。

とある武骨な武士が、かたわらの人に対して、

「お子様はいらっしゃいますか」と尋ねたところ、その人は、「一人も持ってはおりません」と答えた。

すると、その武士は、

「そうなると、もののあわれなどは、わからないでしょう。人の情けなどを感じられないような御心と思われますので、実に恐ろしく思います。子供があってこそ、様々な情愛をわかってくるものなのです」と言ったそうで、実にその通りであると思う。

身内への情愛よりほかに、このような男の心に慈悲は生まれない。

孝養の心などない者であったとしても、子を持って、はじめて親の心を、思い、知るのである。


子供がいるための喜びと苦労、それを知らずして、人の世の情愛などは半分もわからない、その意味で独身を貫く美学など、どれほどの価値があるのか。

荒夷の意図は、そのようなものだと思う。

そして独身、世捨て人の兼好氏は、珍しくその意見に賛同している。

矛盾と言えば、その通り。

ただ、徒然草は、好きに書いているだけなので、他者が批判するには馴染まない。


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