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第百三十七段 花はさかりに、月はくまなき(3)
(原文)
望月のくまなきを千里の外までながめたるよりも、暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、うちしぐれたる村雲がくれのほど、またなくあはれなり。
椎柴・白樫などの濡れぬるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身にしみて、心あらん友もがなと、都恋しう覚ゆれ。
(舞夢訳)
満月が千里の先まで完全に照らしている様子を見るよりも、暁が近くなるまで待ち続け、ようやく姿を見せた有明の月を見るほうが、余程深く心に感じるものがある。
そして、青みを帯びた深い山の杉の梢のすき間に見える月影、にわかにしぐれたおりに雲の中に隠れてしまった月は、より心に感じるものがある。
椎や白樫の濡れた葉の上に、月の光がきらめく時などは、身にしみて、風情を解し心の通い合える友が、ここにいて欲しいと思い、都を恋しく思い出してしまう。
完全なものにだけ、美しさがあるのではない。
隠れている美しさ、ほのかに見える美しさ、濡れた葉の上に映る月の光などにも、美しさの粋がある。