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第百七段 女の物言ひかけたる返事(2)

(原文)

すべて男をば、女に笑はれぬやうにおほしたつべしとぞ。

「浄土寺前関白殿は、幼くて、安喜門院のよく教へ参らせさせ給ひける故に、御詞などのよきぞ」と、人の仰せられけるとかや。

山階左大臣殿は、「あやしの下女の見奉るも、いと恥ずかしく、心づかひせらるる」とこそ仰せられけれ。

女のなき世なりせば、衣文も冠も、いかにもあれ、ひきつくろふべき人も侍らじ。


(舞夢訳)

全てのことにおいて、男性は女性に笑われないように育てるべきと言われている。

「浄土寺の前関白殿は、幼い時から、安喜門院様がしっかりと教えられたので、言葉の使い方がしっかりとしている」

と、ある人がおっしやられたと言う。

山階左大臣殿は、「低い身分の下女に見られていたとしても、実に恥じ入ってしまうほどの、慎重な用心をする」ともおっしゃられた。

確かに、女性がいない世の中であるならば、衣服や冠の着け方が、どのようであったとしても、そこまで身づくろいする人は、いないと思う。


※浄土寺の前関白殿:浄土寺は現在の銀閣寺の地にあった大寺。文明14年(1482)銀閣寺創建のため、他の土地に移されたという。前関白殿は九条師教(元応二年:1320没)とする説が一般的。

※安喜門院:藤原有子。後堀河天皇の皇后。九条師教の大伯母。

※山階左大臣:桐院実雄。弘長元年(1261)から同3年まで左大臣。文永10年(1273)没。

※衣文:装束の正しい着け方。



女性の目と噂から、失脚することのないように、言葉使いや身だしなみには、慎重に落ちが無いようにとのことである。

関白や左大臣にしても、それほど気を使うのだから、ましてやそれ以下の人も、そうするべきであるという、文の組み立てになる。


男だけの世界であるならば、そこまでは気にしないけれど、確かに女性のヒソヒソ話は、時折男性を貶めるような毒を持つことがある。

狭い宮廷社会においては、足の引っ張り合い、少しでも難を避けるには、女性の好感を持ち続けたほうが、得策だったようだ。


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