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第八十三段 竹林院入道左大臣殿

(原文)

竹林院入道左大臣殿、太政大臣にあがり給はんに、なにの滞りかおはせんなれども、「めづらしげなし。一上にてやみなん」とて、出家し給ひにけり。

洞院左大臣殿、この事を甘心し給ひて、相国の望みおはせざりけり。

「亢竜の悔あり」とかやいふこと侍るなり。

月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。

万の事、さきのつまりたるは、破れに近き道なり。


(舞夢訳)

竹林院入道左大臣殿は、太政大臣の地位にご昇進なさられるに際して、全く問題がなない御方であったけれど、「そんな地位など目新しくも何ともない、左大臣で辞めよう」とおっしゃられ、出家なされてしまった。

桐院の左大臣殿は、このことに感心なされていて、太政大臣の地位への望みを持たれなかったという。

「亢竜の悔あり」という言葉がある。

満月になれば欠けていくし、物事は盛りの後は衰えていく。

全ての事は、先がつまっているのは、破滅の道が近いということになる。


※竹林院入道左大臣:藤原(西園寺)公衡。延慶2年(1309)3月左大臣、同年6月に辞任、翌々年に出家。

※桐院の左大臣:藤原(洞院)実泰。文保2年(1318)8月から元亨2年(1322)8月までと、元亨3年6月から翌年4月まで左大臣の地位。いずれも自ら辞任した。

※相国の望み:太政大臣に昇る望み。

※亢竜の悔:高い所に昇りつめた竜は下に降りるしか道が無いので、後悔の念を持つとの意味。富貴・栄華を極めた後は、衰亡のみが待っていることのたとえ。



社会的地位を極めたとしても、一時的なもの。

いつかは終わりがくるし、終わりがくれば、人々の気持ちも、その人から離れていくことが世の流れ。

そんな思いをするなら、社会的地位を極めることなど、面白くも何ともない。

さっさと辞めて、自らの生活を楽しむ。


兼好氏が取り上げた通り、これも素晴らしい生き方の一つだと思う。

いつかは失われる社会的地位に楽しみや望みを持っても、あまり意味はない。


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