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第八十段 人ごとに、我が身にうとき事(2)

(原文)

法師のみにもあらず、上達部・殿上人、上ざままでおしなべて、武を好む人多かり。百度戦ひて百度勝つとも、いまだ武勇の名を定めがたし。

その故は、運に乗じて敵を砕く時、勇者にあらずといふ人なし。

兵尽き、矢窮まりて、つひに敵に降らず、死をやすくして後、始めて名をあらはすべき道なり。

生けらんほどは、武に誇るべからず。

人倫に遠く、禽獣に近きふるまひ、その家にあらずは、好みて益なきことなり。


(舞夢訳)

法師だけではなく、上達部や殿上人などの高貴な人々まで、一様に武芸を好む人が多い。

しかし、百戦百勝したとしても、それにより、彼らの武勇が認められるということではない。

その理由としては、時の運に乗り敵を破った場合には、どんな人でも勇者になってしまうからである。

刀剣を失い、矢を射つくしたとしても、最後まで敵に降伏せず、泰然と死を迎えた後に、はじめてその名声があらわれるのが、この武芸の道なのである。

生きている間には、武勇は誇ることができない。

そもそも、武芸の道などは、人倫とはほど遠く、獣じみたふるまいであって、武士の家に生まれた者でなければ、好んだとしても無益なことなのである。



※兵尽き:刀剣を失って。


武芸を学んだり、好む人に対する兼好氏の厳しい批判である。

確かに、他者を傷つけ、結果的には死をもたらすような技術を習うなど、人倫にもとることとも言える。


ただ、難しいのは治安維持が、どれほど保たれているかにもよる。

治安に不安があるならば、自分と家族を守るために、最低限の格闘技術が必要なのでないだろうか。

強盗や暴漢に襲われた際に、「はい、どうぞ、お金も命も差し上げます」と言える人ならいいけれど、普通の人は、なかなか、そうはできない。


相手を害するための戦闘技術は問題があるけれど、守りのための技術は、持っておくにこしたことはない。

それは、人間同士だけではなく、国家と国家の間でも、同じことだと思う。

平和を保つ交渉努力は当然、重要にして欠かしてはならない。

ただ、交渉で約束した平和維持の条文など、簡単に破る国に囲まれている場合は、それに頼り過ぎるのは、危険極まりない。

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