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第七十三段 世に語り伝ふる事(2)

(原文)

かつあらはるるをも顧みず、口にまかせて言ひ散らすは、やがて浮きたることと聞ゆ。

又、我も誠しからずは思ひながら、人の言ひしままに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人のそらごとにはあらず。

げにげにしく、ところどころうちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづまあはせて語るそらごとは、おそろしき事なり。

我がため面目あるやうに言はれぬそらごとは、人いたくあらがはず。

皆人の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを」と言はんも詮なくて、聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、いとど定まりぬべし。


(舞夢訳)

話をした途端に、嘘とわかってしまうことなど顧みず、口から出まかせで言い続けるなど、すぐにあてにはならないと捉えられてしまう。

また、話をしている本人自身が、真実ではないとわかっていながら、他の人が言った通りに、鼻のあたりをひくつかせながらつく嘘は、その人の作った嘘ではない。

いかにも、もっともらしく、所々で事実をぼかし、本当はよく知らないフリをして、そのくせ、何となくつじつまを合わせて語る嘘は、本当のように思えるだけに、実に怖ろしい。

自分の名誉に結びつくような嘘は、他人は、それほど否定しない。

他の誰もが面白がるような嘘については、ただひとりだけが「違うのでは?」と言ったところで、どうしようもないので、黙っている。

ただ、そんなふうに、ただ黙って聞いていると、黙認として証人にまでされて、とうとう嘘が事実のように定着してしまうようになる。


これは兼好氏の「嘘論」になる。

(1)あまりにも見え見えの嘘は、すぐにばれるし、周囲の聞く人も、まともには聞いていないので、実害はない。

(2)語る人自身が真実ではないとわかりながら、「あの人がこう言っていた」と、自信ありげにつく「嘘」は、そもそもが語る人が伝えただけなので、それほどの罪はないかもしれない。

(3)「いかにも、もっともらしく、所々で事実をぼかし、本当はよく知らないフリをして、そのくせ、何となくつじつまを合わせて語る嘘」で、まるで詐欺師の手口に近いので危険な嘘になる。

(4)自分の名誉に結びつくような嘘は、聞き手の関心をひきたいがゆえの嘘で、聞く人は、肯定もしないけれど、それほどひどく厳しく否定もしない。

(5)嘘話で周囲が盛り上がっていると、なかなか「違う」と言い出しづらい時があって、黙っていることになりかねないけれど、問題は黙っていたことを理由に、嘘話の証人とされてしまうこと。



いずれにせよ、現代社会でも、よくある嘘の類になるけれど、やはり危険な嘘は(3)と思う。


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