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男は近づくな。絶対

 その日、セルスカヌア王国、シュベルフ湿地帯のルウア村の住人たちは、集会所に集まり、口々に言葉を発していた。


「おい、ありえるか?」

「いや、ありえないだろ」

「なんだって、祝福の実の木を水に沈める必要があるんだ?」

「王女様の仰せらしいぞ」

「うそだろ……」


 自分たちの大事な生活の基盤である祝福の実の木を水没させる。

 そんなことはありえない。ありえないが、それを指示したのは王女。村人に祝福の実の木を授けた女神の子孫である。


「あの王女様なぁ……」

「俺さ、正直、最初に王女様が来るって聞いたとき、がっかりしたんだよな」

「収穫祭は、こんな田舎に女王様が来てくれる年に一回の機会だもんな。王女様でも十分ってわかっちゃいるが、やっぱりがっかりしたな」

「だよな。でも、俺、丘に視察に来た王女様を見たんだよ。そうしたら、これが美しくてなぁ。女神様もかくや、と思った」

「それがこんなことをなぁ……」

「がっかりだな」

「ああ、がっかりだ」


 そう言って、頭を押さえる村人たち。

 ここまでの流れ、エルティナに三段ディスを繰り出したアルクードの予想通りである。


「どうする? 本当に収穫祭の日、水を入れるか?」

「……入れるしかないだろ。逆に俺たちが王女様の言ったことに刃向かえると思うか?」

「だな」


 集会所に集まった人たちが深く深くため息を吐く。

 こうして集まってみたところで結論は変わらず、王女の言葉に従うことが唯一の選択肢。

 だが、王女の奇抜な思いつきに意気揚々と賛同できるはずもなく……。

 王女とは女神の末裔であり絶対ではあるが、だからといって信頼しているわけではないのだ。


 その時、その淀んだ空気を変えるよう、青年の声が響いた。


「まあさ、こうして悩んでも始まらないだろ。どうせなら前向きに考えるのはどうだ?」

「前向きってお前……」

「なんせ王女殿下は女神様の末裔だ。なにか深いお考えがあってのことだろう」

「……そうか」

「そうだとも。この地を豊かにしてくださった女神様の末裔に、俺たちが疑念をもつことが間違いだ。王女殿下がやると仰られたのならば、それを信じ、助けるのが俺たちの役目だ。違うか?」


 青年の言葉に村人は息を飲む。

 そして、数秒の後――


「……そうだな! 王女様がやるって言ってるんだ! それを手伝えるなんて光栄だよな!」

「そうだな。そうだ。そもそも俺たちがここに生きているのは女神様のおかげだ。祝福の実の木を降ろしてくださったから、俺たちがいる!」

「そうだ!」

「そうだ!」


 ワッと活気づく村人たち。

 その様子を見て、青年はふっと笑った。


「王女殿下は舟に乗り、祝福の実を収穫されるそうだ。もっと王女殿下を輝かせるためになにかいい案はないか?」

「あんなきれいな王女様がいれば、祝福の実の畑も絵になるだろうな!」

「だな! もっときれいにするために、舟を花で飾るのはどうだ?」

「いいな。その手配はこの村でやるのか?」

「もちろん! 今の季節ならちょうど、白い花が木にいっぱい咲いてるからな!!」

「王女殿下と白い花か……いいな」

「それじゃあ、舟の漕ぎ手を若い男衆に任せるのがいいよな」

「そうだな。王女殿下を乗せる舟は一番大きくて立派なものになるからな」

「男衆も着飾れば、いい祭りになりそうだ!」

「そうだな!」


 ハハハハッ! と先を思い、笑い出す村人たち。

 さっきまでの暗い雰囲気など嘘のように、今は収穫祭をどうやって行うか、どうやって盛り上げるか、一人一人が楽しみながら考えている。

 その明るい空気の中――


「ダメだ」


 この空気を作る発端となった青年は冷たく言い放った。


「王女殿下の舟は騎士たちが漕ぐ。同船するのは村の女たちだけだ」


 超低音の声。

 これまでの青年との違いに村人たちはただただ狼狽する。


「いや……でも、騎士の旦那たちは舟を漕げるか?」

「この村は湿地帯で川も多いから、男たちは舟に慣れてる。騎士の旦那たちじゃあ……」

「とにかく男はダメだ。王女殿下は神聖なお方だからな」

「そうか……? じゃあ、そうなのか」

「そう言うなら、そうなんだろうな」


 青年はそれが世界の法則だとまっすぐに言い放つ。

 その疑問を挟む余地もない言い方に村人たちは、じゃあそうなんだろうな、と納得した。


「王女殿下のことより、今は祭りのことだ。王女殿下は新しい料理も作りたいと仰っていたぞ」

「新しい料理! それは楽しみだ!」

「評判になるな!」


 一度、しんとした空気は、青年の言葉に活気づく。

 そうして気づけば話し合いは酒盛りへと発展し、笑い声だけが響いた。

 たくさんの案を出し、大変盛り上がった翌日。

 村人たちはふと気づくのだ。


「……そういえば、あの茶色の髪のやつどこの男だ?」

「あ? 俺はてっきりお前が普通に話してるからお前の知り合いだとばかり……」

「あれじゃねーか。五年前に出ていった、ジュリムさんところの息子」

「そうか、そういえばそうかもしれないな」

「たまたま帰ってきてたんだろう」


 記憶は定かではないが、たぶんそうだろう。

 村人たちは納得する。

 なんせ、今はそれどころではない。収穫祭まであと6日。時間がないのだ。早く準備をしなければ。


「そういえばあいつ、すげえ目がきれいだったよな。青色で」

「ああ? 俺は男の目なんか見ねぇぞ!」

「俺だっていつもは見ねえよ! でも長い前髪の向こうがよ、ちらっと見えたとき、青色ですげぇなって思っちまったんだよ!」


 村人たちがはははっ! と笑い合う。


「とにかく、王女様のためにやるぞ!」

『おう!』


 収穫祭に向け、村は一致団結していた。

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