夜の張り込み(2)
【今回の登場人物】
クラ…国王様の孫娘
衛兵三人…クラちゃんの護衛で同行している王宮の兵
「何も起きないな……」
あれから時間も経ち、元気だったクラちゃんはすっかり夢の中。寝返りをして座席から落ちてしまわないかと俺も衛兵さんたちも時々気にかけているが、意外と寝相は良い。
街に灯っていた明かりは完全に消え、あたりはしんと静まり返って村全体が眠っているかのような静けさに包まれていた。
バスの時計を見ると時間は十一時を少し過ぎた頃。今日はもしかすると来ないのかもしれない……そんな不安が過ったその時だった。遠くの方からオオカミの遠吠えのような声が風に乗って聞こえて来た。
「今、オオカミの遠吠えのような声が聞こえませんでしたか?」
「「「ああ、確かに聞こえた」」」
「あれはハイウルフの遠吠えでまず間違いないだろ」
俺は衛兵の三人と小声で合図を交わし、窓のカーテンを少しだけ開けて窓から様子を見る事にした。もしハイウルフがバスに接近してくるような事があれば安全の為にエンジンをかけなければいけない。
しかしバスのエンジンをかけてハイウルフを討伐してしまうと手がかりが途絶えてしまう。そこで最初は窓からこっそりとハイウルフの様子を観察し、いざという時までは極力刺激しないようにするという計画だ。
ハイウルフが村の中で何をしているのか、どこへ向かうのかという情報をできる限り拾う事を優先させる。
それからしばらくの時間が流れた時、兵の一人が小声で叫んだ。
「ハイウルフが来たぞ」
一瞬ミスズを起こそうか悩んだけど、バスに乗っていれば安全だし俺が起きている以上ミスズを起こす必要性は無い。後で怒られるかもしれないけど、今回は寝ててもらう事にしよう。
カーテンの隙間から外を見ているとハイウルフが四匹、綺麗に等間隔で一直線に並んで大通りを歩いてくるのが見えた。
「ハイウルフってあんなに群れの統制がとれている魔物なんですか?」
「いや、群れで行動するのは知っているが俺もあんなに統制の取れたハイウルフは見た事が無い。恐らく何者かにしつけられているんだろ」
さっきの雑談で衛兵さん達から聞いた話によると、王都でも昔ハイウルフを飼い慣らして戦力にするという試みがあったらしい。
魔物の中では比較的知能が高いので飼い慣らす事ができるかもしれないという事から始まったらしいが、結局半年に及ぶ試行錯誤の末に魔物を飼い慣らすのは無理と判断し、計画は白紙になってしまった。
「あっ、あの紋章は……隣国の……」
衛兵の一人がハイウルフの首輪に付けられた紋章を見つけ小声でそう報告をした。やっぱり隣国が何かからんでいると見て間違いなさそうだ。
「無許可で我が国の敷地に魔物をけしかけた、いや侵入した……。どちらにしてもこれは国家間の問題だ。クラ様を起こして確認して貰おう」
やはり国際問題にする以上は兵の目撃証言だけで無く、王族の誰かにも現場を確認して貰う方が良いとの判断なのだろう。
俺がクラちゃんを揺さぶり起こすと、以外にもあっさりと起きてくれた。
「ふぁ~おはようございます」
「おはよう。起きたての所悪いんだけど、ハイウルフが出没したんだ」
「で、でたんですか!!」
驚いた様子で大きな声をあげてしまったクラちゃん。全員からシーっと注意され状況を把握したようだった。
「ちょっと気になる紋章を付けているから確認して欲しいんだけど」
「はい。あっ確かに、あのハイウルフが付けている首輪の紋章は隣国の物ですね……でも何で……」
紋章付の首輪をしているハイウルフの死体を証拠とすれば十分責任問題として隣国を追い詰める事ができるので、ここで討伐してしまっても良い。
しかし、軍用のハイウルフが逃げ出したと言われてしまえば、ラフロさんの家族の件や村の中で何かを探っていたかのような行動に対してそれ以上問い詰める事ができなくなってしまう。
首輪を付けたハイウルフの姿はドライブレコーダーでもしっかり記録したので、ここはもう少し様子を見る事にしよう。