ミスズの運転(1)
「じゃあ今日は南の門を出た所にある草原に行こう」
「分かりましたっ!」
翌朝、開店作業を終えた俺とミスズはバスに乗り込んで店を出発し南の草原を目指した。王都の門を出るまでは今まで通り俺が運転をして、広い草原に着いてからは運転を替わって貰う。
予習は昨日済ませておいた。
アクセルとブレーキの場所と役割、ハンドルを回した方向にバスが曲がる事。この世界ではウインカーは必要無いだろうし、細かいシフト操作も今の所は必要ない。最低限走る事ができれば良いのだから。
ミスズは運転席の横にある大量のボタンに興味津々だったが、ほとんどは運転に関係の無い物なので今覚える必要は無い。ただ一つだけエンジン始動前に入れなければいけないスイッチがあるので、それだけは教えた。
「こんにちは」
「おおバスの兄ちゃんか、ハイウルフは高く売れたか?」
東の門に続き、南の門の衛兵にも顔を覚えられた俺はできるだけ仲良くするようにしている。今までの経験上、衛兵の人達とは仲良くしておいた方が何かとメリットがあるからだ。
今日はすぐそこの草原で運転の練習をするだけですと軽く雑談をして俺達は門を通過した。
「もうこの辺りで良いんじゃないかな」
まだ王都の門が見える場所だが周りは見通しの良い一面の草原。別に遠出する必要も無いのでこの辺りで練習をする事にした。
「まずは何からやれば良いでしょうか先生っ!」
ガチガチに緊張しているミスズに運転席へと座って貰う。
「じゃあまずはメインスイッチを入れて、エンジンをかけてみて」
俺も大型免許を取るまでは知らなかったけど、大型バスはキーを差し込んで回しただけじゃエンジンはかからない。まず最初に主電源に相当するスイッチを入れなければいけないのだ。
カチッ
慎重にスイッチを入れ、キーを回してエンジンをかけるミスズ。
「わっ、うごいた! 動いたっ!」
「そりゃ動くよ」
サイドブレーキを解除してゆっくりとバスを発車させたミスズの額には汗がにじんでいる。さすが英才教育を受けていただけあって記憶力も良いのか手順や個々の操作は完ぺきにこなしている。
「凄いよミスズ、手順は完ぺきだしちゃんと動かせたじゃない!」
「えへへっ」
しかし以前に王宮の関係者によるバス没収騒動があった時、バスは所有者である俺にしか操る事ができないという事にしてしまった筈。
もちろんミスズは本当の事を全て知っているので問題ないが、マルセルさんも含め他の人達はそうではない。ミスズが運転するのは本当に緊急事態だけに留めるか、何かしら前もって設定を考えておかないと後々面倒な事になるのも嫌だな……。
ミスズもそのあたりはきちんと理解しているらしく今日の事は口外していないと言っていた。……そういえばムツキには言っちゃってたな。まあムツキには本当の事を教えても問題無いだろう。
それに、万が一嘘だという事がバレてしまってもバスを狙おうと考える者は今の王都にはもういないだろうし、何かあれば王様も味方してくれる。
しばらく草原をぐるぐる運転していたミスズは、慣れて来たから道に沿って少し走ってみたいと言い出した。特に断る理由も無いし大丈夫だろう。
門から延びる整備された道に向かってバスを方向転換させ、ゆっくりと進んでいたその時、五匹のオームボアが王都の南門に向かって走って行くのが見えた。
「やばい、今南門には衛兵が二人しかいない」
この距離からでは門を閉めている時間はない。正面から迎え撃つ以外に方法は無いが、いくら特別な訓練をしている衛兵と言っても非常に素早い動きをするオームボア五匹をたった二人で相手するのは相当な事だ。
「ミスズ、全速力でオームボアを追うんだ」