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8.星に還る7

リュード宇宙ステーションは、混乱していた。

居住区では、警戒宣言が出され、市外を出歩く人はいない。ドック区域では、それぞれの宇宙船の整備士たちが、右往左往していた。

星間ネットワークから配信される宇宙航路図のデータを受け取れなければ、航行できないからだ。

そんな中、特別進入路から、ニーヒスケルスが進入してきた。太陽帝国政府の専門技師たちがすぐに燃料補給に当たる。

小さな商業船を持つ小太りの地球人が、それを眺めながらぼやいた。

「特別待遇は違うねぇ。俺たちは一歩も出られないって言うのによ。」

「まあ、仕方ないさ。嘆いてもしょうがねえ、こんなときには酒でも引っ掛けてのんびり構えるとしようぜ。」

そういった相棒に、男はまたぼやく。

「店がやってればいいがな。」

男がむっちりした肩を大げさにすくませて見せたとき、その向こう、遠くニーヒスケルスの進入口が開いた。先ほどから、ドックの隅で待っていた十数人の男女が乗り込んでいく。

その中に、小柄な女の子が一人いたことに、相棒が一瞬目をやったが、すぐに酒の話にもどる。



「シンカ!」

ミンクは、部屋に駆け込むなり横たわる皇帝に抱きついた。

その顔色は悪く、ぎゅっとしがみついても、何の反応も示さない。

「シンカ、ねえ、起きて!」

頬を両手で包んで、顔を近づけてミンクは泣いていた。

「ミンク、ごめんね、少し診察させてもらいたいの。」

ガンスの手が肩に置かれ、少女はしゅんとして、立ち上がると、シキを見つめた。

「どうして?」

「すまない。」

黒髪の男は、視線を床に落としたまま、かすれたように言った。

「シキさん、あなたほどの方がついていて、止められなかったのですか。」

親衛隊長フェンデルが睨む。

「どうして、守ってって、あれほど言ったのに!どうして!」

ミンクはつかみかかって、思い切りシキの胸を叩く。それを、黙って受けながら、シキはただ、悲しそうに見つめていた。

見かねて、ローダイスが口を挟んだ。

「あの、陛下がご自分でなさったんです。そんなにシキさんを責めないでください。」

ミンクの手が止まった。

「陛下が襲われたというあの日から、シキさん、たぶん一度も、ちゃんと休んでないです。眠ってないですよ。それでも、何度も陛下の危機を救ったんだ。誰も、シキさんを責めることはできませんよ。」

金髪を短くし、耳に派手なピアスをした軽薄な青年が、はっきりと言った。

だれもが、わかっていた。シンカが望んでしたことだということを。それでも、やりきれない思いを抱えて、どこかにはけ口を探したくなる。

あまり、シンカと親しいわけではないローダイスは、この中の誰よりも冷静だった。

「シンカ・・。」

泣き出したミンクを、そっと別室へ連れて行こうと、カイエが肩に手を置く。

「いや。」

ミンクは首を横に振った。

「泣かないから、そばにいさせて。」

カイエは手を離す。

誰も、何も言わない。


静寂を破ったのは、ただ一人、忙しそうに動いていたガンスだった。

診察の機械を操作し、ピピという機械音に、いっせいに皆が振り向いた。

「陛下は、深く眠ってらっしゃる。脳神経のどこかを傷めたでしょうが、体を維持していく機能は正常です。いずれ、覚醒なさいます。そう、願いましょう。」

ミンクが駆け寄った。

シンカの手をとって、頬に当てる。

「命に、別状はないのね?」

嬉しそうに、微笑む少女に、ガンスは優しく笑った。

「はい。」

あちこちから、安堵のため息がこぼれた。

「さ、みんな出て行ってください。ほら、親衛隊の方も。ゆっくり、休むべきですよ、陛下も、あなた方も。シキ、あんたは特にね。今すぐ、医務室にいらっしゃい。」

「ミンク、そばにいてあげてね。」

化粧っ気のない顔に、似合わないウインクを一つして、ガンスは皆を部屋から追い出した。

一番最後まで動こうとしないシキの手をつかんで、引っ張って出て行った。

その視線を受けながら、ミンクはじっと、シンカを見つめていた。

あんなに、怒れたのに、くやしかったのに、嬉しいほうが大きい。また、大粒の涙があふれた。シンカの手をぬらさないように、慌ててぬぐう。



「まったく、陛下もそうだけど、あんたも、同じ。無茶ばかりして。」

何も答えず、黙って一回り年上の女医に、引かれている。シキは、視線を落としたままだった。

「今度ばかりは、さすがに疲れたようね。リュード人は何事も生真面目なのね。ホント、セイ・リンがよく感心していたわ。いい加減になれない人だってね。けど、シキ。あんたはシンカとは違うんだから。家庭を大事にしなさい。もっと、小さい身近なことから、ちゃんとしなさいよ。帰る場所を、大切にしないといけないわ。あたしと違って、あんたにはお帰りって言ってくれる家族があるんだからね。」

「ああ。」

気のない返事に、苦笑いしながら、ガンスは太った体を揺らしてぐいぐい引っ張る。

「ま、そういういい男に囲まれて、あたしは幸せだけどね。」

そういって、握ったシキの腕をぽんぽんと軽快に叩く。ガンスは常に、明るく頼もしい。

「あ、シキさん!今、グライアスに動きがありました!」

シキを探しに来たのだろう、通信士の一人が、慌てて駆け寄る。

「リュードを攻撃したのか?」

ガンスの手をかるく振り払って、通信士と向き合う。

「いえ、リュードから離れたんです!今、帝国軍艦隊に囲まれています。どうやら、降伏したんじゃないですかね!これで、惑星リュードは大丈夫です!陛下が喜ばれますよ!」

「ああ。」

にっこりと、彼にしては力のない笑みで、通信士は少し拍子抜けした感があった。

「ありがとう、陛下には伝えておくわ。」

ガンスが話を引き取って、まとめる。

「はい。それでは。」

一つ敬礼をして、通信士は駆け戻っていった。

医務室でシキを横にならせた頃、艦長からの放送が入って、ニーヒスケルスが、飛び立った。

航海士の努力で、航路図のデータ作成が終わったのだろう。皆、それぞれにがんばっていた。すべては、皇帝陛下のために。

「どうしたの、シキ。あんた、シンカの容態を心配しているだけじゃないわね。まるで、初恋と失恋とを一度にしたみたいな顔しているわよ。」

「ふん。」

うなずくでもなく、あいまいな返事をする。それすら、いつものシキからは想像もつかない。

「・・休みなさい。シンカの毒にあたったのよ。」

「毒?」

寝転んだまま、シキは顔だけ女医のほうに向けた。ガンスは丸っこい手で端末を操作してカルテを書き込んでいる。

「そうでしょ?シンカのこと考えるとどきどきするでしょう。切なくなるでしょう?」

「・・それが、毒。」

「ぷっ、あきれた。」

噴出して、ガンスは肩を揺らした。疲れきって、冗談すら受け流すこともできないでいる。あのシキが。

「シキ、あんたは親衛隊やレクトさんみたいになっちゃいけないのよ。シンカとは友達。守ろうなんて考えてちゃ、身が持たないわよ。シンカの考えに賛成しているなら手助けしてあげればいいじゃない。反対するならはっきり言ってあげればいい。気持ちは分かるけどシンカの安全のためにはなんて、矛盾したこと続けてると、親衛隊やレクトさんみたいにひねくれちゃうわ。」

シキは宙を見つめて、言った。

「だが、大切なんだ。」

「それが、毒。」

ため息交じりに言われて、シキは、軽く睨む。

「言ったでしょう。シンカを一番大切なものにしてはいけないの。あなたには、家族がいるでしょう?それすら捨ててしまえるレクトさんみたいになっては、だめよ。そんなあなたを、シンカも望んでない。いつか、身を滅ぼすわよ。」

シキは、黙った。

「ぐっすり眠って、すっきりした顔で、心配してるセイとマリアンヌに、連絡してみなさい。きっと、分かるわよ。家族の大切さが。」

おとなしく目を閉じた男を見つめて、ガンスは内心ほっとしていた。

疲れきって、危うい目をしていた。

精神的にかなり参っているのは確かだった。ほんとうに、シンカは、素直で頭のいい子なんだけど、周りの心配に、今ひとつ鈍感だわね。もう少し自分を大切にしてくれるといいのだけど。

惑星を守ることに、存在意義を、見つけたのかも、知れないわね。リュードは、シンカの生み出された星、だものね。

ため息を、一つついた。

奇跡的な偶然から作り出された、人とユンイラとの合成人間。人とも、植物ともいえない特殊な性質。止まってしまった成長。いつ終わるとも分からない、永遠の命。そんなものを、抱えて生きるのには、強い意志と、確固たる存在意義が、なくてはつらいのかもしれない。

けれど、シンカ。私たちは皆、惑星だろうと何だろうと、あなたの命と引き換えにほしいと思うものなど、何もないのよ。

そう考えて、ガンスも一人でくすりと笑った。

私も、どちらかというと、毒がまわっているわね。



ニーヒスケルスが、地球に到着するまでの十日間、シンカは目覚めなかった。

途中、星間ネットワークの修復が完成し、博士衆の一人が代表して新しいリングを、届けに来た。

その頃には、シンカの指は完全に治っていたが、リングをはめることにミンクは反対した。それがあったから、シンカは無茶なことをしたのだ。

それでも、シンカに指輪をしてもらわなくては、本来の星間ネットワークは完全に復旧できないのだ。シキに、なだめられて、シンカを医務室に見送ると、ミンクはシキにしがみついて泣いた。

「ねえ、シキ、シンカは、本当に皇帝になんかなって、幸せなの?」

その銀色の髪を、軽くなでて、シキは微笑んだ。

「俺に聞くな。」

シキは、日に日に、不安定になっていくミンクの様子を感じながら、ガンスの言葉を思い出していた。

シンカの毒。

それにすっかりはまっているミンクは、いつもシンカに振り回される。逆にシンカもミンクには振り回されているが。

あの日、目覚めてから、なんとなく、ガンスに言われたからではないが、マリアンヌの笑顔を見たくなった。仮のネットワークだったために鮮明な映像ではなかったが、その小さな手を振る姿は、肩の荷を解くような、不思議な安堵感を与えてくれた。

早く、地球に帰りたいと、そう思えた。

「もう、シキ、何にやにやしてるの?」

気づくと、つい、マリアンヌの笑顔を思い出していた。パパ、早く帰ってねと、手を振った。それについ、口元が緩んだ。

「いやらしいんだから!」

慌てて、シキを突き飛ばすと、ミンクは、医務室のドアを見つめて立つ。後ろで手を組んで、扉の処置中のランプを見上げる。

「おそいなぁ」

不意に、ドアが開いた。

「!ミンク、いらっしゃい。」

にっこり笑うガンスに、ミンクはもしや、と駆け込む。

「気がついたの?」

「いいえ。でもね、リングをはめたとたんにね、シンカの脳波がまるで目覚めているかのような反応を見せているの。分かる?もうすぐ、きっともうすぐ目覚めるわ。」

ミンクはまた、泣き出していた。

がっかりしたけれど、少し嬉しい。

涙をぬぐう少女の肩に手を置いたまま、シキは横たわる皇帝を見つめた。

あの時から、すでに一週間が過ぎていた。栄養剤だけのために、やせていた。柔らかなくせのある金髪は少し伸びて、額にかかる。

相変わらず、傷一つない白い肌、頬には赤みが差している。



地球に戻ると、厳重な警備の元、ミンクとシンカは、中央政府ビルに、シキとホルターたちはそれぞれの帰る場所に帰っていった。

別れ際に、親衛隊長フェンデルが、シキと握手をした。航海中は、一言も口を利かなかった。フェンデルは不自然なほど、ミンクのそばにいたが、シキはそのことでとやかく言うつもりはなかった。人は皆、守るべきものを自分で見つける。

「あなたの、おかげで陛下は救われたのです。感謝しています。」

「あんたも、大変だな。シンカを、任せるよ。俺は、そばにいたらあんたたちと同じになりそうだ。それは、遠慮しておく。」

にやりと、豪快に笑うシキに、フェンデルは少し笑った。

「われらの大変さを分かっていただけたのであれば、それは嬉しいことです。次回ご一緒することがあれば、協力いただけるでしょうね。」

シキは握手する手に、力をこめた。

ミストレイアが解散となった今、シキには帝国軍の席が用意された。地球に到着する前に、レクトから打診を受けた。どうしたいのかと。お前が望むなら、シンカのそばに就くこともできると。

シキは、自ら地球を離れ、リュード宇宙ステーションの基地に勤務することを、願い出た。

セイ・リンも、賛成してくれた。家族とともに、赴任する。戦禍を被ったリュードの復興のため、シンカが事前に担当係官と検討し、ある程度決められていたリュードの開放計画を少し早めて、リュードの国々との交渉が始まっていた。そこに、シキは必要とされていた。すぐにでも、地球を発つ。シンカのことは、大切な友人だ。たまに話して、遊んで。だが、ともに歩くことはできない。それが、シキの出した答えだった。

シンカが、目覚める前に決めてしまったのは、少し心残りだが、それは、俺が自分の生き方として決めたことだ。

シキは、遠ざかる政府ビルを眺めながら、遠い昔に思いをはせた。

惑星リュードで、初めてシンカに出会った。

目的もなく、ただ旅を続けて世をすねて生きていたあの頃。シンカの一生懸命な生き方と、数奇な運命に惹かれた。助けたいと思った。それが、俺の人生を変えた。

セイ・リンに出会い、ミストレイアでさまざまな冒険をした。子供も生まれた。

語りつくせないほどの、たくさんの思い出。そのすべてのきっかけを、シンカがくれた。何よりも、大切だ。それは、包み隠さず言えるのであれば、そうなのだ。

命をかけるにたる存在だ。だが、俺がいなくては、生きていけない家族がいる。

彼女たちには俺だけなのだ。

守らなくて、どうする。

別れ際、さびしげに涙を見せたミンクをふと、思い出した。

シンカ、早く目覚めて、彼女を支えてやれ。

窓に映るブールプールの高層ビル群を眺めながら、そう、強く願った。


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