8.星に還る6
戦艦グライアスは混乱していた。
一等航海士が叫ぶ。
「艦長、だめです!星間ネットワークが絶たれました!これは、帝国軍の攻撃なんでしょうか!」
慌てた様子の乗務員に、艦長は怒鳴る。
「慌てるな!とにかく今の位置を守るんだ!ここで、宇宙空間に戻ったら、帝国軍に囲まれるんだぞ!」
副艦長が、隣の席で静かに言った。
「艦長、ルーラン卿は、我々に援護の軍を送ってくださると、そう、おっしゃいましたよね?」
「今はそれどころではない。」
「これは、だまされたのではないですか?もともと、いかにミストレイアといえども、太陽帝国軍に、対抗しようなんて無謀でしょう!前皇帝の時代は、太陽帝国に反発する勢力が多かった。だから、それらの援護を受けてミストレイアも対抗できたのです。今は違う。全宇宙を、敵に回しているのと同じです。未開惑星を盾にしようなど、軍人として、最も恥じる行為ではありませんか!帝国軍に壊滅の格好の理由を与えているようなものです!ルーラン卿は、軍人ではありません、現場のことなど、何一つご存じない。」
やせ気味の副艦長を、がっしりしたリドラ人の艦長がにらみつけた。艦長、ゼスアスは元太陽帝国軍人だった。レクト・シンドラが退役したことを知り、後を追うように軍を辞した。ミストレイアに入って八年になる。リドラ人として、地球人に差別を受けつつも、帝国軍では少佐にまでなった。しかし、ミストレイアでは人種差別はない。この組織に、心から愛着を感じていた。
それを、みすみす解散させるなど、そしてそれを創始者であるレクト・シンドラの口から聴こうとは!水面下で何があったかは知らない。だが、彼の信じる、彼が担ってきたミストレイアは、罪を犯してなどいなし、ましてや解散させられる存在ではありえなかった。
「艦長、もう、降伏しましょう!」
副官は、地球人だ。大学上がりで、才能はあるが、苦労を知らない。
ふと息を吐き、ゼスアスは言った。
「ミストレイアを解散させるなど、まして、太陽帝国軍に吸収されるなど、私は我慢ならない!攻撃を続けるのだ!」
「艦長、それは、もう止めるべきです。」
気づくと、副官のレーザー銃が、ゼスアスのこめかみに当てられていた。
艦橋が静まった。
「攻撃を続けたいか?」
副官の問いに、うなづく乗務員はいなかった。
「我々は、ミストレイアとして、これまで誇れる仕事をこなしてきた。今、ここで、ルーラン卿の言いなりになって、汚名を着たまま、塵と化してよいものなのか?どう思う!」
艦橋の全員が、じっと指揮官席の二人を見つめた。
「艦長、例え、これが最後となっても、我々はミストレイアとして恥じることのない終わり方をすべきではないですか?私は、裁かれ罰を受けるつもりです。けれど、艦長、この艦にいる全乗組員五百名あまりを、みすみす殺すおつもりですか?彼らには、罪はない。すべてはわれ等二人が、命じたことです。」
艦長は、黙った。
「あの、私は副官に賛成します。私も、罪を償います。ですから、部下にはどうか、未来の可能性を残してやってください!」
主任通信士が言った。周りの若い通信士たちが一斉に立ち上がる。
艦長は、押し黙った。
「艦長。」
副官は、じっと、艦長の返事を待った。
「今更、帝国軍がわれらを許すと思うか?」
白いひげの下から、艦長が声を絞り出した。
「相手は、あのレクト・シンドラだぞ。」
絶望感が、漂う。
星間ネットワークの停止は、地球にいるレクトにもすぐ分かった。
一瞬にして、机上にあったすべてのホログラムが消えた。
非常回線で、音声通信のみがかろうじて稼動する。
全宇宙のすべての惑星、すべてのネットワークが一瞬にして麻痺するさまは、時が止まったかのような、異様な状況を作り出した。
レクトはすぐさま、帝国軍総司令部内のみの復旧を果たし、次に、ブールプールの中央政府ビルに連絡する。
そこもすでに、非常回線で通信のみが可能になっていた。
各省庁への非常通信、日常生活に及ぼすすべての弊害を取り去るための、緊急プログラムが人の力で行われる。省庁から、都市政府、市庁。その復旧の流れは、帝国に属するすべての惑星に瞬時に移行し、惑星上での弊害は、約5時間後には取り除かれるだろう。
ネットワークでもっとも復旧が困難なのは、宇宙航行システムだった。全宇宙に共有されるそれが、正常に戻るには、二十時間以上はかかる。局所的な復旧を急がせるのが先決だろうが、それは、今現在宇宙空間にある全ての宇宙船一つ一つに設定しなくてはならない。それぞれの座標に合わせた必要なデータを割り出し、航路図のマニュアル設定のために必要な情報の提供を、各宇宙ステーションにある帝国軍基地が担う。
今、各ステーションの基地は混乱していることだろう。
「軍務官、ステーション基地への通信が再開されます。」
秘書官の言葉に、レクトはうなずいた。
「リュードを。」
「はい。」
通常なら、レクトの言葉で自動的に検索、発信できるネットワークも、今や秘書官が手動でつなげるのを待たねばならない。
「つながりました。」
「ノルーデン大佐を。」
リュード基地の最高指令、ノルーデンは、正確に惑星リュードの状況を説明した。そして、皇帝の専用艦ニーヒスケルスとは、真っ先に通信を再開していた。
レクトは満足そうに、珍しくノルーデンを褒めた。
ステーションを経由して、やっとニーヒスケルスに連絡が取れるのだ。
ニーヒスケルスは、混乱していた。
艦長に尋ねても、一向に要領を得ないので、シキを呼ばせた。
「レクトさん。」
シキの、表情は暗かった。黒い髪の覆われた褐色の頬には、血がついていた。憔悴した様子の、シキは、深く頭を下げた。
「何が、あったんだ。」
「シンカが、指輪を、外したんです。今、ここにはガンスさんもいませんし、手の施しようがなく、・・」
「!ばかな、あれは、脳神経に直結しているんだ、そんなことできるはずがない!」
シキは、悲しげに、首を横に振った。
「うめき声、ひとつ、出さなかったので、気づけませんでした。」
「すぐに、地球に、帰還しろ!航行装置は、まだ、そうか。」
レクトは、目を閉じて、天を仰いだ。
シンカは、すべての宇宙船を止めるために、指輪を外した。今は、まだ、宇宙船はどれも航行不能なのだ。
苛立たしげに、深く息を吐くと、軍務官は命じた。
「データのやり取りはまだできない、艦長、これからマニュアルでの航路記録を作らせるんだ。リュード宇宙ステーションの帝国軍基地にある、管制管理部門と連絡を取るんだ。話をつけておく。今、あそこは混乱のさなかだ。できるだけ、自力で、頼む。」
「レクトさん、グライアスは、どうなさいますか。」
シキの悲しげな問いに、レクトは無表情に言った。
「降伏を促す。従わない場合は、攻撃する。たとえ、それが、リュードに何らかの被害が及ぼうとも。シンカが、やりたいことはわかる、だがな、何も失わずに、何かをなしえるなどありえない。」
「レクトさん。」
「シキ、お前はシンカのことだけを見てやってくれ。あれは、意識はあるのか。」
シキは、首を横に振った。
「・・そうか。」
「ひとつ、教えて下さい。」
顔を上げたシキに、レクトはあからさまにいやな顔をした。
「シンカが、襲われることを、承知で、利用したのですか?」
ふと、鼻息を吐き、軍務官は口の端をゆがめた。皮肉な笑みにも見える。
「だったらどうだというんだ。」
「あなたにも、シンカを追い詰めた責任の一端があります。シンカが願うとおり、リュードに被害が及ばぬよう、力を尽くす責任が、あります。」
「お前、生意気な!」
シキは、まっすぐに、黒い瞳で、軍務官を見据えた。
「シンカは、ただ、平和を願っていた。守りたいと願っていた。あなたを含めた、すべてをです。その思いを、踏みにじっておいて、何も感じませんか?歴史を動かすことはそんなに面白いのですか!シンカは、二度と、目覚めないかもしれないんだ。
父親として、息子がただひとつ願ったことを、守ってやるくらい、してもいいんじゃないですか!」
「・・。」
シキの頬に、涙が伝った。
「シンカは、・・。」
何か言いかけてやめたレクトに、シキはもう一度、深く頭を下げた。
「お願いします。」
ニーヒスケルスの、艦橋は、静まり返っていた。
黙って、レクトは通信をきった。
頭を下げたままの、黒髪の男の肩を、艦長が軽く叩いた。
「みんな、あんたと、同じ気持ちだ。とにかく、陛下を地球にお連れしなくてはな。」
「おい、何をぼっとしている、航行装置を直すんだ、急げよ!」
乗務員は、皆、慌てて、仕事に戻る。シキの言った言葉から、皆、なぜ軍務官が皇帝を呼び捨てにするのかを、理解した。ざわざわとしつつも、それぞれの任務に戻る。何人かはそれでも、シキがそばを通ると、手を握ってくれたり、肩を叩いてくれたりした。
ちょうど、ジンロが、高速艇のドックから、艦内に入ってきた。高速艇は短距離しか航行しないため、星間ネットワークの宇宙航路データを使用していないのだ。
「シキ、・・どうした?」
シキの顔を見るなり、様子を察して、シキの腕を叩いた。
「俺は、今ほど、自分の無力を感じたことはない。」
歩みを止めないシキに、ついていく形で早足になる。
「なんだ?」
きょとんとして、四角い大柄の男は、考えた。ふと思いついて、言った。
「いつか、シンカも同じこと言ってたっすよ。病院、そう、セトアイラスの病院のときっす。」
「お前は、なんて言ってやったんだ?」
「なきところにあり、あるところになし。さらに使わぬが、最大の力。」
今度はシキが、きょとんとジンロを見つめた。
「シンカも、笑っていたっす。意味分からないよって。」
「ああ。」
「さあ、拳法の師匠が言っていたっすから。分かれば達人ってとこっすか?」
珍しく、歯を見せて笑うジンロに、慰められていることに気づいた。
シキの気持ちも、少し落ち着いた。
栗色の髪の、四十代後半の、全宇宙に知らぬもののない軍神と呼ばれた男は、呆然と、回復したホログラムのひとつを見つめていた。
惑星、リュード。シンカの瞳と同じ蒼い星。
それほど、悪いのか。あのシキが、あそこまで取り乱すほどに。
一つ、息をついた。
思い出すシンカの表情は、多彩だった。すねたり、怒ったり、泣いているものもある。母親に黙ってこっそり、俺のことを父さんと呼んで照れていたりした。
三歳、だったか。
動物のようだった。手を叩いて寄ってくるのが、面白かった。
泣かれるとどうしてよいか分からず、怒ったロスタネスにすぐ取り上げられた。
いつの間にか、男に成長して、生意気な口を利いた。俺の言うことなんか、聞いたことはなかった。いつも、反抗して、逆らって。どこで覚えたのか、常に自分の意思を持ち、考えをはっきり話した。気の強さは、母親譲りだろう。あの瞳も、優しげな口元も。
また、ため息をついた。
「東宇宙艦隊、クレナデン元帥を呼べ。」
程なく、通信が届く。
「お呼びですか、軍務官。」
「元帥、グライアスと、回線をつなげられるか?」
「はい。」
「少し、話したいのだ。」




